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 犬の散歩をしていて、空を見ていたら、虹が出ていました。

 きれいでした。

 最近、だいぶ心穏やかになってきました。冷静に物事が見えるようになってきたように思います。

 まあ、聖人君子ではないですけど。

 独立3年目に入ろうとしていますが、まあ、3年前に立てた目標はある程度見えてきましたね。

 ついでに立てた健康上の目標も達成です。体重もめでたく、62~63キロに突入。3年前77キロあった体重。目標の15キロ減量はほぼ達成。

 一時期、吐きまくっていたとは思えないほど、調子は良くなってきました。

 毎日が気持ちがいいです。

 少しだけ、自然と早く起きるようになってきました。

 少しだけ早く都心に出たりしています。

 お陰で電車が少し空いています。

 このブログも書いている内容が相当変わってきましたね。

 当初は、難しいことばかり書いていました。

 今は、日々の心情をつづっています。意外とキャラ作りは辞めました。面倒なので。

 この心情に共感してくれる人が読み続けていてくれているんだと思います。

 応援してもらうということは、相手のことを100%考える結果で、相手の人からいろいろ気にかけてもらうことだと思います。

 ようやく、多少、まともな感覚になってきたように思います。

 時間がかかりますね。普通のことなのに。
 
 全ての出会う人に感謝、感謝です。本当にありがとうございます。

 読者の方々に本当に感謝しています。いつもいつも、本当にありがとう。
2009.07.19(19:37)|ポエムコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 社内のコミュニケーションに悩む人は多いでしょうね・・・。

 上司が最悪だと、しんどい・・・。

 でも、同僚がちょっと・・・、という場合もしんどいですね。

 なかなか難しいものです。

 ただ、ビジネスライクにという職場は成長は生みません・・・。そりゃーそーですな。

 ビジネスは数字の計算だけではないからですね。数字は結果であって、その前は血の通った作業が必要で。

 お客さんを数字扱いすると、ロイヤリティの高いビジネスを作れませんし。

 数字だけではないからやってられる面もあるんですよね・・・。

 で、その数字だけでない時に、同僚とのコミュニケーションに失敗するとしんどいですな。

 誰と誰は組み合わせられないというのは、上司にとってはめんどくさい。気づかない上司は阿呆ではありますが・・・。

 まあでも、評価というのは冷徹なものです。それにあがらう活動をする人はしんどくなる。

 できる人はできる人で、はじかれることもあります。

 面倒なアプローチをしてくる人ともぶつかったりしますね。

 職場での交友関係を妙に求めるのに、社交上手ではない人はけっこう害が大きかったりもします・・・。

 社交上手な人がいるといいんですけどね。まとまりがよくなります。

 もしそういう人がいない場合は、上司が社交上手かのように振舞う必要が出てきます。あーめんどくさい。

 ただ、人とのぶつかりあいを通じて、自分の特徴に気がつくというのは、普通のお話しです。

 ぶつかり合いをすべて排除しても成長する組織にはならんのです。

 でもねえ・・・。

 あと、時期的なお話しで、評価が上がった時期は、意外と人間関係のトラブルは起きやすいです。

 なぜか?

 まあ、大成功したと思った経営者が次の年にポックリというお話しはたまに聞きますよね。

 人生でやることなくなっちゃうと、心の病になったりする。アーリーリタイヤしたはずの人が、精神科医にお金を使っているというのは、よく聞きますよね・・・。

 ちょっと評価が上がったくらいではポックリはいかないですが、ちょっと人間関係に違和感が出てくるでしょう。

 もめる人はもめます。

 うまくよければ、なんてことはないのですが・・・。

 うまく自分の認識に気が付けばいいのですが・・・。

 なかなかうまくよけられませんね。でも、ぶつかって取り返しがつかなくなるのは止めて下さいね・・・。

 まあ、私は人なんて目に入ってなかったので、どうでもよかったですが・・・。わっはっは。

 たくさん私のせいで傷ついた人もいたでしょうが、まあ、若気の至りです。ごめんなさい。

 大事なのは、ぶつかった時、自分の世界の認識の仕方に気が付くことです。変化があればそれに気が付くことです。

 その感覚を忘れなければ、もめてもなんとかなります。誰かが助けてくれます。

 でも、よけられるなら、うまく避けてくださいね。それでは、また。
2009.07.20(23:27)|マネジメントコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 最近、場の意味というのをなんとなく考えることが多いです。

 自分は無意識的に何を望んでいるのか?を意識化するのはなかなか難しい。

 意識で考えていることとは、全く別のことを望んでいることが意外と多いものです。

 意識できることなんてほんの一部で。無意識的にしている行動のほうが多いですからね。無意識と争っても無駄だと思います。

 で、人とコミュニケーションする場が設定された時、何も考えずに出る言葉、出そうになる言葉は何だろう?ということを考えます。

 その言葉をじっくり見てみると意外と自分が本当に何を望んでいるのか?がわかったりします。その言葉が正しい、間違っているということではなくて、今の自分の無意識がその場に対して出している解はこれだ、という話しですけどね。

 そうすると、自分をどうプログラムしなおせばいいのか?というのがなんとなくわかります。

 そして、まだこんな問題をひきずっていたのか、ということがわかったりします。

 パターンを知ることでパターンを越えることに近いですが、そういう感じです。

 感情の奴隷に、一時的になってみるということでしょうか。

 そうすると、自分の感情の発生源を突き止められたりします。

 同じようなアプローチで人の感情の発生源もなんとなく想定したりします。

 具体的にはわからなくても、多少抽象的な感じだったらわかりますからね。

 また、ちょっと意味不明かもしれませんが、こんな感じのことも考えています。だいぶ健康になってきたからこそ、こういうことができるのでしょうけどね。

 では、今日はこの辺りで。

 おやすみなさい。
2009.07.24(23:24)|メンタルヘルスコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 いつごろからでしょうか?

 禅問答が好きでした。今日のお話は禅問答的なので、きっとほとんど意味不明です。ごめんなさい。

 わかっている人はわかるけど、わからない人には伝わらない言葉。

 幼いころからそういった言葉に神秘?を感じていました。

 「あなたが宇宙を覗くとき、宇宙もあなたを覗いてる」とかね。

 「個にして全、全にして個」とかね。

 人の歴史を紐解けば、「言葉を否定する」哲学、宗教は多々あります。

 まあ、そりゃそーですね。人間の思考は言葉で規定されている面もありますが、それより抽象的なところではイメージという言葉があてはまるかわかりませんが、そういう感覚的なもので規定されているでしょうから。

 西田幾太郎という人が、戦前の哲学者でいますね。あのあたりの思想には何かある、といつも思っていました。柄谷行人さんの本とかに、よく出てきてましたね。

 「空」の概念とかね。「人は空である。空が空ずるゆえの否定の運動としての人間」とか、意味不明な文章でしたが、今はなんとなく感覚的にわかります。

 そういえば私が一時期傾倒したNLP。暗示技法炸裂な技術ですね・・・。

 そのNLPの巨人といわれる人々も、次第に言語モデルのNLPからは手を引きました。

 タゾジェームスはハワイのシャーマン研究に没頭したらしいですね。ロバートディルツもアフリカかどこかのスピリチュアルなヒトの研究でしたっけ?ほかの方も基本的にはシャーマンやら、巫女さんやらの研究に走りましたよね。

 なぜか?

 コミュニケーションでもっとも大事な部分はノンバーバル、言葉ではないからですね。シャーマンの近くによっただけで、安心してしまう、というのはありますよね・・・。
 
 言葉は確かに空間を越えられる面はありますが、イエスや釈迦の教えは言葉ではなかなか伝わらないでしょうね・・・。

 哲学書がやたらと難解な言語で記述されるのも、抽象的過ぎる領域を扱おうとしているからでしょう。

 ちょっと飛びますが、人間に自由意志はあるのか?というのは私の大きな問いです。

 だって、結局ノンバーバルなところでのコミュニケーションに人は影響されてしまう。

 いわゆる、ナポレオンヒルとか、マーフィーのお話しはこのへんのメカニズムなのでしょうね。一番強力に心配していることは現実化してしまう・・・。場を共有していればそうなってしまうんですね・・・。

 そういう自分の心理から、外部の動きを読んでみたりすることもありますけど。

 コンサルタントとしての私を嫌う人、反発する人は当初は改革に好意的です。

 でも、自分が本当は自分の都合がよいようにしたいだけなので、反発へと転化していきます。

 そういう人は「私になりたい」という感じがなんとなくするなあとこの仕事を始めたころから思っていました。で、これまでの経験からそうなんだな、というのがよりリアルにわかってきました。

 人は場を共有した瞬間に、いろいろな関係性が発生し、人の思考、世界観は影響を受けていく。反発する人の心配はしません。結局、一番私の影響を受けるからですね。私のしていることがしたくなるんです。

 おそろしいことですね・・・

 じゃあ、その自分てなんなんだろう?そもそも自分なんてあるの?とも思います。

 ただ、偉大な宗教家とか、哲学者の伝記を紐解くと、どうやら大きなほうへ、より上のほうへ思考の領域を広げていけば、自分の世界は広がり、自分の自由意志でいられる。

 ただ、それは自分以外の人間の自由意志の一時的な否定ではあるのですが・・・。

 自分の世界の煙突掃除のために、ふらふらとやってきましたが、その局面も最終段階ぐらいに入ってきました。目標はほぼ達成。最後の掃除も終わりに入りつつあります。

 ようやく最後のピースがはまる感じです。当然、当初規定した世界の範囲内のお話しで、また別の世界が規定されれば、その世界の中で、いろいろと課題はあるのでしょうけどね。

 ただ、人の思考は加速しますね。なんでしょう。オセロが一手ですべて裏返っていくような、そんな感じです。そのスピードがすごくてちょっと戸惑っています。

 ただ、それはもうとまらないのでしょうね。カラフルな人生です。とても彩りが濃くて、深い。

 自分の体に心をめぐらせると、記憶はいつでも蘇ってきます。よく、記憶力がなんでそんなにあるんですか?といわれますが、抽象的な記憶です。詳細までは正しいかどうかわかりません。でもね、体はすべて知っているというか、そういう感覚なんですよね。

 私も葛藤を結局深いところで望んでしまっていましたし、これからもいろいろな葛藤が起こるかもしれません。ただ、それは人生の彩りなのだと思います。そして、それを読み解く必要もそのうちなくなるのかもしれません。

 それをただ受け入れるだけになるのかもしれません。結局、人間をどう規定したいか?によるんですよね。葛藤のない世界というのも、ちょっと面白くないでしょうね。静的な世界観にはどうしても違和感を感じてしまう。

 もっとダイナミックな感じのほうが、やっぱり生きている感じになれますよね。

 1つ1つの彩りに感謝しつつ、どんな未来を、世界を私は望むのだろう?というところを本筋は決めつつ、ちょっとランダムにしつつ生きるほうが楽しいかな、という感じです。

 ごめんなさい。今日は意味不明ですね。

 読んでいただいた皆様、本当にありがとうございます。
 
2009.07.25(17:34)|メンタルヘルスコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 最近、毎朝5時起きです・・・。そして、朝から研修をやってます。

 眠い。夜に資料を調整して・・・。そして、朝から研修する。

 眠い。

 しかーし、若い人々と接していると、エネルギーをもらえますね。

 まあ、そんな忙しい日々なのですが、今日は前の会社の戦友というか、そういう感じの人と会ってお茶を飲んでいました。

 彼は3つぐらい年上でしょうか。すごくセンスがある人でした。今は外資系の日本支社長やってます。

 で、いろいろと近況を話し合っていましたが、私の最近の話をいろいろしたら、

 「伊藤君、本当に自分のことしか考えてないね・・・。いや、伊藤君らしいけど。」

 「えー、私はけっこう人のこと考えるようになってますよ!」と言うと

 「いや、反省したほうがいいと思うよ。伊藤君の気持ちはそりゃ、わかるけどさ。でも、まあ、一方的に誰かが正しいなんてことないからね。」

 といわれました。まあ、彼がそういうなら、そうなのかもしれません。

 「伊藤君、もし誰かを傷つけたと今日の話で少しでも反省したら、謝っておいたほうがいーよ。」

 ふー。そうですか。私は私が傷ついたとしか思っていませんでしたけどね・・・。

 前の会社で、彼は彼でチームを持っていましたが、彼の部下は私のことを相当怖がっていたそうです・・・。えー、俺そんなんだったんですか?と思わず聞いてしまいました。

 私のお別れ会で、ビデオレターでメッセージをもらったのですが、彼のメッセージはけっこう辛口でした。

 それは覚えていましたが、

 「伊藤君、知ってる?あの会で、あのコメント見た若い連中が、伊藤さんによくあんなこと言えますね、って言ってたんだよ。」といわれました・・・。

 「伊藤君は、相当怖かったの。わかる?」と。

 えー、そんなに怖がられていたのでしょうか・・・。うーん。

 まあ、でも、彼が言うならそうなのでしょう。

 なんか、反省しました。相変わらず、私は、いろいろと人を傷つけているのかもしれませんね。

 うーん。なかなか人のことを思いやるのは難しいのでしょうか・・・。いや、人のためにやっているはずなんですが・・・。

 それと、

 「伊藤君はね、何事でも自信がないとか言うけど、そんなん表面的だよ。誰が頭いいとか、すごいとか言ったところで、心の底では、自分への絶対の自信を持っている。絶対に自分が勝てると思ってる。まあ、実際できるし。それが俺が知ってる伊藤君だよ。だから、伊藤君は最後に笑うつもりぐらいでちょうどいいんだよ。」

 そーですか・・・。うーん。

 確かに心の底では絶対の自信があるのかもしれません。人のことなんて、どうでもいいのかもしれません。

 最後に笑うぐらいでちょうどいい。確かに。はじめから利得を得てしまうのはいいことではないかもしれません。

 「伊藤君は、相当自信満々に見えてしまうから、ちょっとでも俺はできる的な感じを出すと、相手はほら来たぞって思うと思うよ。」

 うーん。そこまで自信満々でいられたらハッピーな気がするのですが・・・。本当にそこまでなのでしょうか・・・。でも、彼の目線はとてもシャープで、うそを言っているとも思えませんでした・・・。

 ただ、彼は彼で、マネジメントの問題で悩んでいました。できる人によくありがちですが、人に自分に近いレベルを求めてしまうというところですね。

 そのへんは、ちょっとマネジャーの初歩というか、そういうお話しだったので、ちょっと笑ってしまいましたが・・・。

 ただ、久々に、ちょっと反省しました。なんというか、人を傷つけていたかもしれないと思って。自分の気持ちのことしか考えてなかったかもしれません。

 うーん、やっぱり私は人を傷つけているのかなあ、自分のことしか考えてないのかなあ、と。

 人に優しく、と思い続けているんですけどね・・・。
2009.07.31(00:55)|読み物コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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