**********************************************************************
メールマガジン「インサイト100」
週に1回配信中。
登録は⇒http://www.taii.jp/
**********************************************************************
 今日は祝日ですね。仕事場は自然教育園の近くなのですが、静かなものです。

 モンゴル800を口ずさみながらお仕事です。

MessageMessage
(2001/09/16)
MONGOL800

商品詳細を見る


 最近、Twitterをやっています。30代、40代が多い模様。若者は「リアル」ですね。

 たくさんつぶやいているつもりですが、何せ140文字という制限があるので、つぶやきをちょっと解説してみます。

------------------------
 「今ではお固いことを小難しく偉そうに上から発言する伊藤くんも、過去の不遇な時代(そんなもんがあったか知りませんが)について謙虚に暴露すれば共感する人はいると思いますよ ^^」とメールで言われてしまった。まあ、不遇な時代はありましたけどね・・・。
------------------------

 まあ、お世話になっている方からメールが届きまして。一般人の共感を得るような売り方について、ちょっと話しあっていたのですが、その後のメールで送られてきました。

 いや、私の従業員時代はずっと不遇だったようにも思います。そうは見えなかったかもしれませんが、常に、自分の理想と、現実のギャップに苦しんでいたように思います。

 何度かこのブログにも書きましたが、不遇時代には、誰かが声をかけてくれました。

 そのつぶやきが・・・

------------------------
不遇時代、コンサルティング下積み時代に、全然まともなプロジェクトに入れてもらえず、来る日も来る日もつまらん日々。そんな中、同期の仲良しな人があるビッグプロジェクトのリサーチは伊藤さんがやっているとウソをついて、プロジェクトに入れてもらった。
------------------------

------------------------
不遇時代2。事業会社に入った頃、正しさを普通に主張したら、上司とぶつかって、干されて仕事がなくなった。しばらく、朝来たらネットサーフィンしてボーっとして帰る日々。でも、他の部門の人が声を掛けてくれて、仕事をくれた。こなしていたら、仕事が倍倍ゲームで増えていった
------------------------

 ですね。まぎれもない事実です。

 独立して、好き勝手にやっているように見えるかもしれませんが、低いチャージでがんばりすぎて、どうしてこんなことやっているんだろう?と思ったことは数知れずです。

 今は、けっこうなチャージをいただいていますが、はじめは安かったー・・・。まあ、食えればいいというラインでやっているとすごいことになります。

 ただ、やっていると、この金額でこんなにやってもらって大丈夫?と聞かれます。聞かれなければ、契約終了でさようならをするだけです。

 まあ、それでもちょっとしたコンサルティング会社よりは安いと思います。以前、あるリクルート系の人材コンサルティングの会社に行った後輩と話していて、チャージを聞いたらちょっとびっくりしました。

 「えー、そんなにとってるの?」と言ったら、「やっぱけっこう取ってますよね。絶対内緒です」と言ってました。まあ、看板商売ですからね。銀座に事務所があるのは強いかな。白金よりも銀座のほうが強いのかな?いや、いい勝負かもしれない。

 で、最近、最低単価を設定して、それ以下だと受けません。で、セミナーに適用すると、みんなびっくりしちゃいます、という状況をつぶやいたのが・・・

------------------------
セミナー講師ではないので、セミナーいくら?と聞かれるとちょっと困る。自分でたまに、趣味で集客してやっているけれど、コンサルの最低稼動単価を言うと、むこうは卒倒する・・・。
------------------------

 いわゆる、末端のセミナー講師の時給は6000円ぐらいです。計算したら10倍以上取っていることに気がつきました。まあ、私はコンサルタントではありますが、セミナー講師ではないので・・・。

 では、今日はこのへんで。
スポンサーサイト
2009.11.03(15:43)|ポエムコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 なんでしょうね。最近、共産主義っぽい平等の議論がなされているように感じてしまいます。

 なんでしょう?不況だからでしょうか?

 貧困率のお話しを勝間和代さんがして。日本の中では母子家庭は相対的に貧困、とかね。

 父親がいない分の政府の保証がどうなっているか知りませんが、そりゃ、働き手になりうる人が1人少ない家庭のほうがカネの入りが少なくなるのは自然では?

 5人が働く家庭と、1人が働く家庭は、5人が働く家庭のほうがカネの入りは多い。それは当たり前では?と思うのですが・・・。

 この勝間さんのお話しにのって、貧困率の相対と絶対の議論がありましたね・・・。勝間さんがしている貧困率は相対的なお話しです。

 家庭ごとのカネの入りがどういう分布になっているか?横軸で、カネの入りをレンジづけると、真ん中の山が大きい分布になって。

 この分布の幅があまりに広いと、貧富の差が激しいという話しになり、真ん中によっていると、ある意味で平等な世界、というようなお話しですね。

 で、どの程度の貧富の差を国民が許容するのか?政治家がターゲットとするのか?というのがこの貧困率の議論だと思います。

 なんか、共産主義くさい匂いがしますけどね。計画経済的なにおいがしますけどね・・・。

 私としては、差があったとして、いわゆる相対的に貧困な人が、人間らしく暮らせるの?というお話しに終始すると思います。

 私は人間らしく暮らしていると思いますけどね・・・。差が大きいこと自体も、たしかに豊かさの概念に影響を与えますが、食っていければそれでよし、と思いますけど。

 あと、派遣、若者の貧困のお話し。

 派遣切りの問題の根は、そもそも国外に工場移転しないで、コスト削減みたいなお話しから来ているように思います。海外に工場を移転するのが悪いか?といえば、悪くないでしょう。産業の空洞化の議論は、産業=工場という「ものづくり」を妙に神聖視する人々によってなされていると思います。

 供給はモノを含みますが、モノが全てではない。需要側は、モノ単体の消費から、情報消費へと移行していますが、その移行に供給側がついていっていない。

 結果、需給のミスマッチが起きる。そして、モノ単体の供給過剰でその割合が大きいからデフレというお話しだと思います。

 需要側のニーズが変わっているのだから、供給側が移行すればいい。その移行をものづくり立国などという幻想にしがみついて、先延ばしにしてきたから、今、こうなっているのでは?と私は思います。

 国の責任としては、基本的にセーフティーネットの整備をすべき。そういうお話しだと思います。

 でもね、勝間さんはお金をもっと刷れば解決するとおっしゃるプレゼンを菅さんにしてましたね・・・。

 亀井静香は言うまでもなく、勝間和代まで。共産主義的な世界観への揺り戻しの象徴なのでしょうか?勝間さんなんて、マネーの世界のものすごい受益者のような気がしますが・・・。まあ、悔い改めたのでしょうか・・・。よくわかりません。

 どんな未来を彼らが描いているかによるのであって、共産主義というラベルを貼るのもどうかとも思いますが、それっぽいなあ、と思います。

 勝間さん、どこへ行くのでしょう。今後の彼女から目が離せないなあ、と。

 それでは次回をお楽しみに。
2009.11.07(10:44)|ポエムコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 どこでそんな知識を得るんですか?どうすれば考えられるようになりますか?

 最近、聞かれます。

 知識ですか。原理はシンプルだと思うのですが・・・。大量に入力する。それだけですけどね。

 どうすれば考えられるか?問いを立てれば自然に答えが出ます。考える処理を意識化しすぎなんではないかと。ただ、一連の体系の答えを全て知りたければ、問いを体系的に立てなくてはなりませんけどね。

 では、具体的にどうする?は、どうやってもいいですが、今日はお風呂です。

 意味不明かもしれませんが、お風呂での勉強のお話しを今日、します。

 私は、風呂好きです。大好きです。

 温泉にもよく行きます。

 風呂の時間は長いです。ずっと入ってて平気です。その間、ずーっと、いろいろと思索します。そうすると、答えがたくさん出てきます。普段、自分に問うている問いの答えがたくさん出てくるんですね。無秩序に。

 風呂では、自分の頭を使うというよりは、ボディーマインドという概念がよく理解できると思います。

 結局、人は身体に縛られます。思索は頭の領域で行うもの、と思っていますよね?それが自分の可能性を大きく制限していると思います。

 風呂では、体の感覚がいつもと違って、とても気持ちいいですね。体の制約が外しやすいです。

 意味不明ですね。でも、なんとなく伝わります?

 結局、自分の認知空間すべてを使って思考していい、ということに尽きるんですけどね。

 もしも、遠くの山が見えたら、その遠くの山で、思考処理をしてみることもできるはずです。普段、頭で考えているような体の使い方をしているなら、体の外で、思考処理をしているイメージをして、やってみるといいです。

 別に、頭の中で考えることも、頭の外で考えることも一緒ですから。

 それに気が付くと、多くの制約から自由にものが考えられるようになります。

 伝わりますか?

 具体例を出すと、例えば、エアタグとセカイカメラってありますよね?

 もしも、リアルにエアタグがあったとしたら面白くないですか?

 遊びでやってみると、発想法とか、頭の使い方の訓練になると思いますが、あなたが渋谷の町を歩いていて、かわいい女の子、もしくはイケメンがいたとします。

 ドラゴンボールのスカウターのように数字がピピピピピピと上がっていって、何点!と出るようなイメージをその相手を実際に見ながらやってみましょう。意外とその点数が恣意的でなく出るようになるかもしれません。

 その時の感覚を覚えてください。そういう感覚で、人はイメージの力を使います。

 ずっとやっていると、どんな人とすれ違っても、スカウターが点数をはじきだすようになります。

 話しがだいぶ、お風呂からそれたので、お風呂のお話しに戻します。

 お風呂に入っている時、頭以外で思考する感じをやってみてください。手でもいいし、足でもいいです。目の前の空間を使ってもいいし、体の後ろを使ってもいい。

 その感じをしっかり覚えてください。

 例えば、自分に天使の羽根が生えたと想像してみてください。天使の羽根は、必ず上向きに生えます。自分の上ななめ後ろぐらいの所に、重心がきます。

 その感じで、本を読んだり、考えてみたりしてみてください。

 その感覚を覚えていれば、普段の思考が変わってくると思います。

 うまく伝わるでしょうか?

 意外と、自分の前の空間を使って考える人はいますけど、自分の後ろを使って思考する人はいないので、やってみると面白いと思います。

 ただ、後ろの空間を使う時は、上のほうを使ってくださいね。

 もしも、防水モバイルで、WEBに接続できるものが出たら、私は間違いなく風呂で使います。そのほうがすごい発想のことができると思いますね。アマゾンキンドル防水版が出ないかな、と思います。

 昔、「風呂で覚える英単語」というのがあったと思います。どっかの出版社が「風呂で読むビジネス書シリーズ」とか出しませんかね。みんな風呂勉が当たり前になる世界になりませんかね。そうすると、学習効果がすっごく上がるような気がします。

 では、今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2009.11.08(11:32)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 今日は、特に役に立たないお話しかもしれないことを書きます。

 まあ、いつも役立っているかは相当微妙ですけどね。

 今日は、認識についてちょっと書きます。

 認識というと、西洋哲学では、長いこと論争のテーマでしたね。

 絶対的な認識に人は到達できるのか?というような問いですね。

 それは、世界がどうできているのか?という問いに人間が答えられるのか?という問いに近いですね・・・。

 まあ、そんな論点の周囲に、唯物論、唯心論といった考え方がありました。

 唯物論というのは、モノの世界しかないんだ。心なんてないんだ。というような考え方ですね。

 世界は原子でできている!みたいなお話しはそこから来ていますよね。万物の最小の構成単位を探る試みは、世界に生じる事象はすべて物質に拠っているのでは?という考え方に依拠する場合が多いですよね。

 万物の根源は水であるとか、火であるとか。いろいろと考えられていて。原子、アトムなんだ!というのが正しそうだということになって。今は、クオークとかそういうお話しになってきていますね・・・。

 こういう考え方に依拠すると、心は、脳で発火現象が起きているだけなんだ!という言い方になります。そう感情はただの化学反応だ、ということになります。

 化学反応があって、感情が動く、みたいなね。入力は物理側で、結果として感情が生じる、みたいなね。そういう考え方になります。モノがあるから、それが見えるみたいな。人間の心の事象は、すべて、「モノ」オリエンテッド、「モノ」ドリブンで起きていると。

 でもまあ、それも変な気がする。しますよね?なんかそうなのかなあ、と。

 これと全く逆の立場が唯心論。心こそ、すべてを生じさせるものである、と。その心の先に神がいる、みたいな・・・。

 これを乱暴に突き詰めていくと、物自体なんてないんだ、みたいなお話しになります。心が生じさせているんだ、みたいなね。スタートレックの欲しいものを見せる星みたいな。そういうお話しですね。

 乱暴に言うとへんな感じがしますが、感情が生じるような状態があるから、感情が生じて、脳のどこかが発火するみたいなほうが自然な気もしますよね。

 でまあ、この2つの世界観のどちらが正しいかはおいておくと、要素はどうも2つあるらしいと考えられます。心と、モノ。この2つは両方あると考えると自然かな、と。

 でもね、そうすると、心はモノのありようを正しく認識できるのか?というのも問題になりますよね。

 人によって、どうも同じモノを見ても認識は違うようだ、というのはなんとなく正しい。全く同じ認識を別の人間がしている保障はないですよね。そうすると、その違いはどこで生じるの?というのも問題になります。

 どうも、今のところ、正しくは認識できなさそう、というのがなんとなく正しい気がしますよね。

 で、人間の身体はモノにも属しているし、心にも属しているような気がするのですが、どっちかにしか属していない認識主体があったら便利ですけどね。私は心しかありませんという人とか。まあ、「霊」みたいな概念はそういうところにあるのでしょう。肉体の束縛から解き放たれているというか、なんというか。

 肉体しかない認識主体なんてものはないのでしょうか?まあ、ないですね。認識する時点で、それは心があるのでは?というか意思があるのでは?ということになりますから。

 そうすると、人間というか、生き物はモノにも属して、心にも属しているという不思議な位置づけになってきますよね。心の世界が広がっているとします。そして、モノの世界も広がっているとします。

 そうすると、その両者のハザマというか、間に生命がある?

 なんとなく、人間がいる場所のイメージとしては、私の中では、モノの平面と、心の平面がべったりくっついているようなハザマのような場所をイメージします。

 心の世界を覗き込んでみると、トランスパーソナル的な世界になっていて。いわゆるヘーゲルのいうような絶対精神につなっていくようなイメージ。

 モノの世界は、それはそれであり、人間は肉体があるから、そのモノの世界を肉体を介して認識して、作り変えていくような感じ?

 スピリチュアルが効く対象はあくまで人間の心であって、物理現象としては生じない。人間を介してしか生じないと思います。

 たとえば、気功を操る人がいたとして、ハー、とやると、人が吹っ飛ばされたりしますが、岩にハーっとやっても、何も起きないと思います。

 心を介して、認識を介して、人は人にいろいろなことができますが、モノに対しては、体を物理的に接触させていかないと、何もできないですね。そのために道具が発達したのだと思います。

 これまで、道具がやたらと発達して、モノを作ったりすることにすごい労力がかけられて、そのおかげで、物理的に人の肉体を喜ばせることは一通り発達してきました。でも、その時に、心に対する作用というかバリューはあまり論じられてきていないですね。まさにこれからです。

 心の時代と言われて久しいのですが、まだまだ心の時代というほど、カネと、心をどうにかすることの交換は行われていませんね。

 このお話しで、ビジネスに関係するポイントとしては、人間はモノによって、物理的なメリットも享受するけど、精神的なメリットも享受しうるということです。そう、機能的価値と情緒的価値です。モノはモノとしてあるのに、人間を介した瞬間に、物理的というか、機能的なバリューと、心というか、精神的というか、情緒的なバリューに分かれるのですね。

 私が、バリューをこの2つに分ける分け方をする意味は、こういう世界観だからです。

 こういう世界観をベースにすると、いろいろな経営の概念を再定義できるような気がします。マーケティングに関しても、コンセプトを違う角度から見ること、説明することができますよね。そうすると、アクションがだいぶ変わってくるように思います。

 まあ、でも、こういうことを言っても、ほぼ伝わりませんね。まあ、結果だけいうと、すごいといわれますが、プロセスの説明を試みると、「伊藤さんて、頭がおかしいぐらいな感じですよね。」と言われます。まあ、いいのです。

 行動でなんとかしようとしても、行動中心に経営を見るだけでは限界がすぐ来ます。認識中心で経営を見ると、相当違ったものが見えてくると思います。時代は、認識のほうへと動いていると私は思います。

 ただね、アクションオリエンテッドで考える時期も必要なんですよ。それはそうです。でも、その先に行くには、レコグニションオリエンテッドに移行する必要があると思っています。

 まあ、今日は意味不明でしたが、まあ、そんな感じです。

 では、次回をお楽しみに。
2009.11.12(12:27)|ポエムコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 うーむ。眠い。

 眠いですが、ブログを書きます。最近、書く頻度が減っているとのご指摘を受けまして。

 Twitterやってると、書く頻度が減るのかもしれません。心の洪水にならないからだと思います。書かないと、心が洪水状態になってしまうのですが、Twitterで書いてるので、ガス抜き、水抜きにはなっているのでしょう。

 さて、今日は、すがらないこと、ということを書きます。

 経営者は特に大事だと思いますけど。

 「何か」さえすれば、儲かる。「何か」さえすれば、なんとかなる。と思ってしまったとき、立ち止まって考えてみてください。

 その「何か」にすがってませんか?

 経営というのは、たいていアクションの量を増やし、改善の回数を増やして収益を出していくものです。何か1つに賭けるみたいなことも、たまにはいいかもしれませんが、それが、意外と幻想にすがっている場合があるのです。

 リクルートさんがうまいなあ、と思うのはすがれるメディアを作っていること。ハウジングなんて、1万部ぐらいですか?それでほとんど工務店に流れるから、メディアとしての効果なんてあるの?というような情報誌ですよね。

 でも、意外と工務店さんとか、そこにすがっちゃう。何百万から払って載せればお客さんが来るんじゃないかって。冷静に考えれば、何百万も払うと、見込み客を何人集めないといけないか?はわかります。

 そんな客数が情報誌に載せるだけで得られる?

 まあ、ワンオブゼムというか、施策の1つとして情報誌も載せておくか?こういう位置づけで、という感じならいいのですよ。でも、それ1本に載せさえすれば!と年間予算のほとんどをそこにいれちゃうのは、ちょっと、すがってません?と思うのです。

 お金さえあれば!もそれに似ているような・・・。まあ、お金はいろんな使い道がありますけどね。ただ、お金がないからできないと思ったら、お金がなくてもできる方法は?と自分に問うてみるといいと思うのですけどね。

 彼氏、彼女さえいれば!楽しい日々のはず!と思う人もいると思います。それは彼氏、彼女が自分を楽しくしてくれるということなのでしょうか?そんなこともないと思うのですけど。

 1人でも楽しくいられる人なら、2人でも、3人でも、恋人といても楽しくあれるのではないでしょうか?

 ○○さえあれば、と自分が思ったら要注意です。

 そんなときは、○○を得るには?という問いと、○○がなくても、できる方法は?という問いをたてることです。

 その答えは、必ずどこかから探せます。突然目に入った何かから。ふと見た雑誌から。ふと目をやった風景から。

 もしくは、突然ハッとひらめきます。

 私は、強制的に答えを生み出すために、問いを立てたら、本屋さんで、関係ありそうな棚は端から端までパラパラ読みます。もしくは街をあるきます。見たことのない映画を見たりします。

 問いが立ったら、入力量を増やすことです。そうすると、なぜだか答えが出てきます。どこからともなくね。

 発想はロジックではありません。ロジックは検証のためのもの。問いの正しさ、解の正しさの両方を検証するためのものです。

 すがっていると、問いをたてなくなります。そして、すがっているものしか見えなくなってしまいます。

 それでは、自分の見えるものを狭め、可能性を狭めてしまいます。それではいけませんね。

 といった感じです。うまく伝わりますでしょうか?

 それでは次回をお楽しみに。

 
2009.11.14(20:41)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
Twitter
メールマガジン登録
メールマガジン「インサイト100」週に1回配信中。登録は⇒http://taii.jp/の登録窓から
プロフィール
推薦図書
経営理念
弊社のコンサルティングのポリシーです。

・過去に人類が考えてきたこと(Thought)を蓄積し、そこから鋭い洞察(Insight)を生み出し、その洞察がまた、Thoughtの一部になっていくプロセスを回していくこと。そのプロセスが社会のナレッジ量を増加させ、全ての価値を生み出すことを認識すること

・先人の知恵に対する敬意を払い、学び続けること。ナレッジの自己への入力量が自身の考える能力を向上させ、社会のナレッジ量を増加させることを知ること

・社会のビジネスナレッジの偏在を正すことを目指すこと。そのために社会の構成員であるクライアントに対してビジネスナレッジを提供すること

・ビジネスナレッジの偏在を利用する悪貨たる企業を駆逐する良貨たらんとすること。そのために偏在を利用する企業以上のマーケティング力を持つこと。そして、提供したナレッジに見合った対価をクライアントから頂き収益を上げ、成長していくこと

・社会に対する志を持つ企業、個人をクライアントとすること。例え儲かるとしても、志を持たない企業、個人をクライアントとしないこと

・クライアントの成長を望むこと。具体的な解の提示よりも、その解を出すプロセスをシェアすることにより、クライアント自身がプロセスを組みなおし、異なった解を出す力を増加させることに重きを置くこと

・抽象的な理論のレイヤから、クライアントサイドの具体へと寄っていくこと。ただし、その過程でクライアントにも具体のレイヤから抽象のレイヤに寄ってもらうこと。その上で、中間のレイヤでクライアントと共に新しいナレッジを生み出していくこと
カテゴリー
月別アーカイブ
RSSフィード
ブロとも申請フォーム