**********************************************************************
メールマガジン「インサイト100」
週に1回配信中。
登録は⇒http://www.taii.jp/
**********************************************************************
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--(--:--)|スポンサー広告||TOP↑
 こんばんわ。ちょっと、忙しく、体がおかしくなりかけて、復活してきた伊藤です。

 打ち合わせの合間に、ネットカフェを見つけて30分でもいいから寝る、という生活習慣は改めたほうがいいような気がしています。

 セールス教材はもうちょっと待ってくださいね。メルマガ読者のみに告知して、1ヶ月のみ販売とかそういう形になると思います。

 さて、今日はマーケティングに関していろいろつぶやきました。ただ、「マーケティング」に関しては、宗教家みたいな人が多くて、あんまりいろいろ書くのは面倒なんですよね。一通り、マーケティングの勉強はしたので、概論みたいなことは教えられますし、専門学校で講義したりしたこともありますが、「必要ない」とは言わないけど、「方便」みたいなもんだよなあ、と思っています。

 コトラーは一生懸命マーケティング関連のフレームワークを整備しているし、知らないよりも知っていたほうがいいのですが、使いようなんですよね・・・。

 私のマーケティングに関しての強烈な体験は、前職のオーナーにお仕えした時でしたね。

 「なぜ音楽の宣伝を深夜番組の時ばっかりやってるか知ってるか?」と言われて、「ターゲットがその時間に見ているから」と言ったら、「安いからに決まってるだろ。エイベックスとかのやつが、会議でターゲットがどうでとか言っているのを聞くと、気が狂ってるとしか思えんぞ。本当にいい音楽はみんないいと思うんだろ。そういういい音楽を作るのがエイベックスの仕事だよな。あの会社はおかしい。」と言われて、当時はそうかなあ、と思いましたが、今では多分、そのオーナーが正しいと思っています。

 人間の首尾一貫したキャラクターというのは、近代が作り出した幻想です。だから、これをベースにしたマーケティングのターゲット云々のお話しは幻想である場合が多い。適用の仕方によっては意味あるようにはできますけどね。ただ、工数の割には報われない、使いにくいと思います。

 この辺りのお話しを真面目に勉強したい人への参考文献としてはドゥールーズ・ガタリあたりを読むといいとは思いますが、素養が相当ないと読めません。私も文字を追うのが精一杯。ただ、「差異と反復」は現代の人間を捉えるキーとなり得ると思います。ただ、読めない・・・。チャレンジャーな方はぜひ、ご一読を。

差異と反復〈上〉 (河出文庫)差異と反復〈上〉 (河出文庫)
(2007/10)
ジル ドゥルーズ

商品詳細を見る


 そして、そのオーナーから「みんながいいと思う本当にいいものを作れ!」と詰められて怖かったなあ、という思い出です。

 反論としては、「みんながいいと思うものを作ろうとして特徴がなくなっていく!」みたいなものがありますが、これも近代的病ですね。「平均化の誤謬」とでも言うべきものです。書く機会があればこういったことも書こうと思います。

 では、Twitterのポストを振り返ります。

①「良いものを作ればいい」。これをバカにするやつは、本当に「良い」ものが作れていないのだろう。私は販売力がプレゼンスの会社に5年もいたが、本当に勝手に売れて行く「良いもの」は販売力でプレゼンスを持つ会社にとって最大の脅威だった。

②マーケティング活動の最適化という考えは、バリューのコンセプトがあった上での話しだ。バリューが信じられないぐらい大きければ、それがずっとそうなら、最適化なんていらん。そうじゃないからいる。

③信じられんぐらい売れるものは、マーケティング云々を超えている。この感覚がないやつがマーケティングがどうこうというと、「いいものを作ればいいなんて」といった発言が出てくると思う。

④ヒットしたものをマーケティング的に分析するというのは、そのヒットが作ったものの後追いをうまくする、真似事をうまくするにはいいだろう。二番煎じなんていくらでもあるのだから。二番煎じが常にうまくできれば事業として成立するだろう。

⑤本当に新しいバリューを考えられるのは、一部の天才なのか、偶然なのか、機能主義の外側というか。そういうものを見出すというのはなかなか起こらないが、先頭を走っている自覚のある人間はそこを目指す。

⑥新しいバリューに対する敬意がないやつが、「いいものをつくればいい」をバカにする。ただ、大抵のものは新しいバリューなんてないから、バカにしていればほとんど正解になるのだけれど。

⑦ターゲット云々と理屈を捏ね回す前に、こういうのすごくない?という価値の側面から語れるやつがいないと、商品の企画なんて成立しないだろ。新しい事業を生み出す人間は賢くてもいいけど、変に賢くあろうとすると、かえって小難しくなって、よくわからんくなるのでは?

⑧ただ、面白いなと思ったのは「空」をコンセプトとしてデザイン企画をしている人がいるという。まあ、世界をまさに「空」という概念で捉えると、「新/旧」、「既知/未知」などの対立を超えて考えられるかもしれない。ただ、「空」をリアリティを持って知覚出来る人はすごく少ないだろうけど。

 基本的には書いたままなんですが、説明します。

 販売をコアなバリューとしている会社はけっこうあります。専門商社なんてそうですよね。上3つの財閥系商社はちょっと面倒なお話しにはなりますので、今日はおいておきますが、商社、販社は売ってなんぼです。で、さして売れない商品も流通網に載せて売りさばく。それが商社のバリューです。

 その商社が怖いのは、すごくいいものが出てきてしまうと、自分たちのバリューでなくても売れてしまう。そうすると、メーカーとの相対的なプレゼンスが下がるんですね。売るのが楽な商品ばっかり売っている商社はダメになります。世の中的にそれがどうなのか?は別として、この商品は大丈夫?というような物を売ってこそ、商社のプレゼンスは上がっていくのです。

 そういうプロセスを経て、仕入れ条件が良くなる。いい商品だったら、仕入れ条件はあまり良くならないですよね。

 いい商品は営業マンはうれしいですが、そういう物を売っていると商社の相対的プレゼンスは低下してしまう。脅威なんですね。

 大手のメーカーさんでやっているマーケティングなどは、新商品と言っても、焼き直しなものばかりです。じゃないとマスに売れませんし・・・。こういうことを成長カーブで考える人もいるし、「キャズム」が好きな人もいます。

 だから、マーケティング活動と言ったときに、別に焼き直しのコンセプトでいいんです。ただ、たまに本当にこれすごい!というものが出てきて、一瞬で売れて行く。信じられないぐらい売れて行く。そういうものの焼き直しで市場はあふれる、といったことが起こります。

 そういうのを見ると、自分がやってることってなんだろうなあ、と思ったりするのです。商品に関わる仕事をしていると、必ずそういう感覚を味わいます。そういうのを知っていると、「いいものを作ればいい」をバカにしたりはできなくなります。

 そして、後付けでいろいろ解説している人を見て、何か虚しい気分になりながら、一応聞いておくのです。彼らの話しがすごいからとかではないんです。この辺を勘違いしてはいけませんね。

 で、「コトラーがターゲットを考えよう」と言っている、とみんな言うのですが、これはある意味で誤解ですよね。これも機会があれば真面目に書きます。

 普通の話としては、新規事業、新商品は、コア事業、コア商品から離れれば離れるほど失敗しやすくなります。大手企業なら、既にコアの市場があります。だから、選べるターゲットは既に与件として選択肢が限られているんです。そして、ある程度バリューに関しても、既にあるんですね。

 ターゲットを選ぶ選択基準って、商品、もしくは「こんなの良くない?」の価値が高いか低いか?ぐらいしかないですよね?

 人の頭の中では、こんなん良さそうだなあ、こんな人がいいのかなあ、が正しい順序だと思います。ターゲットを先に考えるのはちょっと無理がありますね。

 無理があるから、いろんな変な調査をこねくり回して結局何も出ないというような茶番が起きたりするのです。誰の心の中がどうなんて言ってる暇があったら、こういうのいいよね?と具体のレイヤで語りましょうね。人の性格がどうとか、深層心理がとか、無意識が、とか、これも真面目に説明すると長いので割愛しますが、怪しいもんだぐらいに思っておいて下さい。

 で、すごく話しが飛びますが、結局世界はカオスで、そこに人間が意味を持たせて、実体があるという考え方が正しそうです。その、「意味を持たせる」というフォーカスの中に、「価値」「バリュー」があります。で、そういう「カオス」を仏教的には「空」と言います。

 「空」をコンセプトにするというのは、ターゲティングを超越していて面白いな、というところです。意味の前、意味の生じる瞬間みたいなものをコンセプトにしているということです。デザインとかじゃないと無理だと思いますが、マスにウケるデザインの考え方に「空」を持ってくるのは非常に面白い。

 多分、このあたりの話しを説明するとまた時間がかかるのでやめますが、派生していろんなことがありますね。

 「コア事業と新規事業」「マスとニッチ」「ターゲティング」「カオスとロジック」「近代と現代」「神の死と人間の死」「心理主義、行動主義、機能主義」。まあ、このあたりは私のライフワークみたいなもんです。

 私が何か考えるときは、最後はシンプルな施策に落ちるので、バックグラウンドはどうでもいいし、説明すると長いので、説明しませんけどね。

 では、長くなったのでこのへんで。次回をお楽しみに。
スポンサーサイト
2010.05.15(20:51)|マーケティングコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 セミナーやりたいんですけどね。でも、時間的にちょっとね。

 最近は、ビジネスナレッジの大衆化は意味があるのか?がだいぶ疑問です。結局、ロジカルシンキングにしても、いわゆるフレームワークにしても、大衆化して普及したはずですが、結局しっかり使えている人は、ほぼおらず、かえって混乱をもたらしているようにも思います。

 それは、当然、街角の研修商売をやっている人がそもそも企画なんてしていないという大きな問題があります。わかってない人が教えても、教えられない。わかっている人でも、大事なところは教えるのはなかなか難しい。受け手側の問題もあります。

 そして、そもそも企画業務に携わる人は少数派ですし。何かを考えることを求められる人は非常に少なく、たいていはオペレーションレベルしか求められません。「改善」は確かに企画的な側面もあり、ちょっと変えるレベルのことも大事は大事ですが、当人たちが思うほどインパクトはない。

 でも、企画をやりたい!とか言う若い人は多くて。ただ、経験量がないとそもそも考える、直感的に新しいことを発想することさえも難しくて。とは思います。

 が、本当に企画するということを考えた時に、それはどんなことなのか?ということについていくつかTwitterでポストしました。受け取る側に要求するものが多い内容ではありますが、見てみましょう。

①人は行為にたいする意味合いでそもそも世界を見ている。ただ、その意味合いは必ずしも言葉ではない。かつ、その意味合いの言語化に人は必ずしも意識的ではなく、言語化は言語を操る能力が高くなければできない。

②人は言葉を見たとしても、その指し示す意味あいを読み取ることは、必ずしもできない。その行為の経験がなければ、それはなおさらである。

③更に人は言葉に囚われて、気づかないうちに自分の行為を縛ってしまうことがある。女言葉を使ったりすることによって、身体的な差異以上に女が作られることもある。

④行為による意味合い以上に言葉に囚われて、意味合いの言語化ができなくなっている場合も多々ある。というか、ほとんどのビジネスパーソンは企業の未来の行為に対する意味合いで環境を見られていない。

⑤行為の経験を積み、かつ言語化の技術を高めていかなければ、未来の行為に対する意味合いで環境を見られるようにはならない。この環境を見て意味合いを知覚し、言語化することがほぼビジネスにおいて考えるということに等しい。

⑥では、その未来の行為はどう考えるのか?というと、たいていはアナロジーであったりする。ただ、その時、名付けとその概念規定によって、新しい行為であることの主張をすることで、アナロジーを越えた新しい概念として認めさせる。この時の主張はある種の権力闘争的である。

⑦その権力闘争に勝つことで、その新しい行為は名前と概念範囲を獲得し、実行へと移される。闘争への勝利の度合いが強ければ強いほど、実行可能性は高まる。

 多分、読んでさらさら意味が入ってくる人は、普段企画して、実行まで導くようなことをやっている人ですね。そういう人には学びはない内容です。わからんけど、何が学べる?これはどんなことだろう?と考えると意味があると思います。

 さて、解説です。そもそも、世界を人は「客観的」には見ていないことはわかりますよね。何で見るのか。「行為への意味合いで見ている」と思います。どういうことか。

 真面目に説明すると、いくつかの要素を言わなくてはいけないので、言ってみることを試みます。

 自分が見ている何かと関わって行為するとして、ということへの意味合いで環境を見ます。それは言語化しなくてもそうですね。ゲシュタルトという知覚に関わる能力が人間には備わっていると言われますが、それだけでなく、関わって行為することへの意味合いで環境を見る。

 すごく品のないことを言うと、中学生は女子を見ると、セックスするとすると?という意味合いで見るでしょう。自分が彼女とできるかどうか?が大きな問題で、その上で関わりがあります。

 言語化するとかえってぎこちなくなったりして緊張してしまったりしますけどね。

 いわゆるファクトをネタにして、人はいろんなことを言います。新聞記事からファクトだけを抽出してみると、その人が織り込んでいる意味合いがより鮮明に見えてきたりしますね。

 そういうのを「主観的」だという批判もあり、ファクトだけを並べるのが価値なんだ!と言ったりする人もいます。ただ、ファクトがいつでも使える状況があることはいいことかもしれませんが、どういう行為をサポートし得るのか?という意味合いがないと、いくらファクトがあっても、世界は何も変わりません。

 未来の世界を変えるために、人が行為をする。どう行為するか?を考えるのが企画です。だから、行為に対する意味合いで世界をそもそも見ているということは、素直にやりたいこと、やろうとイメージしていることがあれば、それをサポートし、どうやるか?というところから物事は見えます。

 ただ、当然ビジネスにおいては、利回りがないとサステイナブルではないという制約条件がつきますから、やりたくても「ビジネス」としてはやれないこともありますね。そのためにフィージビリティスタディーがあったりするのです。

 ただ、その意味合いを言語化、意識化してみましょう、というと、途端にできなくなる。自分がファクトに見ている意味合いが、言葉にできない。当人にはそう見えるものが「客観的」という思いもあるでしょうから、それが自分の「未来の行為」からの意味合いとしての風景だということは、なかなか了解しづらい。

 こういう時に有用な質問は、もしも、「自分がいないとしたら」という質問です。あんまりやりすぎると無気力になるのですが、そういうことを考えてみると、世界がいろんな意味合いで見えてきたりします。もしくは意味合いの薄い世界が見えるかもしれません。

 これ、やりすぎると気力がわかなくなってくるので、気力がなくなってきたら「天上天下唯我独尊」ぐらいを言ってバランスを取っておきましょうね。

 こういう、自分が普段見えているものが、「意味合い」が織り込み済みだということがわかってくると、いろんな「行為」をゴールにして考える、ということができるようになってきます。

 結局、いろんな行為に対する意味合いで内部、外部の環境をみて、それを書くのが企画です。

 ここまで書いてて、書ききれないと思い始めました・・・。まだ、①についてしか書いてませんね・・・。多分、ここまでの情報量でも大変だとは思いますので、今日はこのあたりで。

 さて、今日も仕事するぞー。では、次回をお楽しみに。
2010.05.29(10:23)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
Twitter
メールマガジン登録
メールマガジン「インサイト100」週に1回配信中。登録は⇒http://taii.jp/の登録窓から
プロフィール
推薦図書
経営理念
弊社のコンサルティングのポリシーです。

・過去に人類が考えてきたこと(Thought)を蓄積し、そこから鋭い洞察(Insight)を生み出し、その洞察がまた、Thoughtの一部になっていくプロセスを回していくこと。そのプロセスが社会のナレッジ量を増加させ、全ての価値を生み出すことを認識すること

・先人の知恵に対する敬意を払い、学び続けること。ナレッジの自己への入力量が自身の考える能力を向上させ、社会のナレッジ量を増加させることを知ること

・社会のビジネスナレッジの偏在を正すことを目指すこと。そのために社会の構成員であるクライアントに対してビジネスナレッジを提供すること

・ビジネスナレッジの偏在を利用する悪貨たる企業を駆逐する良貨たらんとすること。そのために偏在を利用する企業以上のマーケティング力を持つこと。そして、提供したナレッジに見合った対価をクライアントから頂き収益を上げ、成長していくこと

・社会に対する志を持つ企業、個人をクライアントとすること。例え儲かるとしても、志を持たない企業、個人をクライアントとしないこと

・クライアントの成長を望むこと。具体的な解の提示よりも、その解を出すプロセスをシェアすることにより、クライアント自身がプロセスを組みなおし、異なった解を出す力を増加させることに重きを置くこと

・抽象的な理論のレイヤから、クライアントサイドの具体へと寄っていくこと。ただし、その過程でクライアントにも具体のレイヤから抽象のレイヤに寄ってもらうこと。その上で、中間のレイヤでクライアントと共に新しいナレッジを生み出していくこと
カテゴリー
月別アーカイブ
RSSフィード
ブロとも申請フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。