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 久々の更新です。

 これは素晴らしい、と思った記事があったので、そのご紹介です。是非、ご一読を。

 「はじめまして…独立していることの意味って何だ?文明人が孤島でサバイバル生活を強いられたとき感じるめまい」(http://bit.ly/bzEfZdです。

 この記事は読み物としても非常に面白く、また鋭い分析があります。

 著者はシーマンの開発で知られる斉藤由多加さん。元リクルートだそうです。読み物としては、17年間社長をやってきて、社員のトホホな話がとても響きます。

 鋭いな、と思うのはリクルートのビジネスに対するインサイトです。そっちにフォーカスして引用しますと・・・


「分からないことは客に聞け」。これがかつて僕が会社員を経験した会社、リクルートの創業者である江副浩正氏の哲学だった。リクルートマンの社風は、玄人面などせず、クライアントにずけずけと聞いてこい、という姿勢を是とする「偉大なる素人会社」だった。
「就職情報」でも「とらばーゆ」でも、要するにフォーマットが決まっているメディアを広告で埋めてゆく。風土づくりさえできれば、実に効率がいい事業だ。日々、短いスパンの仕事を何回もくり返す中で、学習効果が出てくる。



 リクルートはフォーマットが決まったメディアを広告で埋めていく効率がいい事業をやっているというところ。ここがポイントです。


 僕がかつて在籍したリクルートという会社は、日経ビジネス誌などから「人材の宝庫」とまで表現されるほどの、いわば急成長企業の象徴のような存在だった。だが、実際に内側から見るとただの素人集団だったわけで、すごかったのは、入社数週間の新入社員が営業成績でトップになれる仕組みをつくったことだった。電通のような多面的な広告代理店と違って、メディアも狙いもしごく単元的だから、専門的なことはむしろ客の方が分かっている。新人の営業担当者にクライアントの話を聞きに行かせることで増産ができるというビジネスモデルは、時代の偶然もあったのだろうが、教えてくれる存在があちこちに居る、というのが成功の一つの要素だったと思う…



 なぜか、リクルートが人材の宝庫と言われたり、自分で言ったりということが多々あります。しかし、リクルートが優れているのは、そのシステムであり、人材ではない。私は前々からこういうことをずっと言ってきましたが、リクルート出身者でこういう言い方をする人は初めて見ました。

 中小企業の社長で何人かから聞いた話を端的にまとめると、「リクルート出身者に逸材なし。トップ営業マンだったと言っても、絶対雇わない。システムがないと仕事ができない」です。

 まさにこの記事が指し示していることと一致していますね。

 当然、リクルートのシステムをなんとか社内に入れたい、真似がしたいという人は、雇えばいいと思います。営業の案件管理や進捗管理方法、システマティックに新規を開拓する方法など、いろいろと整備されてはいます。

 ただ、前にメールマガジンでも書きましたが、粗利が大きくないと成立しないシステムであったりしますので、そこは、自社の取り扱い商品に応じて、多少のカスタマイズ、割り切りが必要です。


 リクルートを退職した後、「フェロー」という、同社のいわば名誉職のようなものをお引き受けしたことがある。その時期、当時のリクルートの常務からこんな質問をされた。「コンテンツビジネスって言葉をあちこちでずいぶんと聞くが、リクルートも乗り出した方がいいと思うか?」と。僕の答えは次のようなものだった。

 「才能があれば、1人で年間1億円稼げるのがコンテンツビジネスです。しかし、正社員を100人集めて年商100億円の会社にするのは無理です。そういう社員はとっとと独立していっちゃうから大きくならない。芸能プロダクションじゃあるまいし、個人に依存する事業はリクルートらしくない。新入社員が数週間で営業成績トップになれるインフラを生かした方がぜったいいいと思います」と。

 最近の言葉では、「ビジネスモデル」とか「スキーム」とか、あるいは「アライアンス」などというのだろうが、要するに大企業というのは、商売をするシステムができている。その線路の上で求められるものは、特殊な才能ではない。特殊な才能が必要なのは、最初の線路を引く側の話だ。



 引用文にあるように、リクルートは個人に依存するビジネスではありません。さも、力のある個人が活躍しているようなイメージを作っていますがそれは幻想です。

 大企業出身者が、中小企業に行っても、活躍できないと言われます。これは、各企業にしっかりとしたシステムができているからですね。所詮、システムの上で活躍しているに過ぎないのです。中小企業で圧倒的に能力を発揮する人は極稀にいますが、そういう人はどこでも活躍できる。

 しかし、キャリアとしてはあまり評価されないというパラドクスがあります・・・。しょうがないですけどね。

 今日、ご紹介した記事はシリーズものだそうですので、次回が非常に楽しみです。

 それでは、また。なんとか、時間を見つけていろいろ書ければと思います。
 
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2010.09.03(06:34)|マーケティングコメント(0)トラックバック(0)TOP↑


 これは興味深いですね。
2010.09.03(20:52)|マネジメントコメント(2)トラックバック(0)TOP↑
 新聞やニュースで卒後3年間新卒扱いというのが、少し前に話題になりました。

 が、まじめにその報告書(100枚ぐらいあります・・・)を読むと、本質的には、それはオマケ的な話です。報告書は↓です。

 大学教育の分野別質保証の在り方について
 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-k100-1.pdf

 で、読んだ感想としては、「うーむ」、です。本質的なことは、まともな識者の方はがいろいろ論じているので、私は論じません。

 最近、教育とか、労働とかそのあたりの専門書を仕事がらみで読むのですが、やたらとハンナアレントを引いていて、へー、と思っていたのですが、この報告書でもアレントの「人間の条件」の文言が引いてあります。

 で、今日はアレントについて考えてみます。

 「アレント」って誰?と思う人も多いですが、元々は哲学を勉強していた人ですが、「政治哲学」をやっていた人です。政治とは何か?みたいなことを考え続けた人です。有名な言葉で言うと、「思考停止」という言葉を作った人だと思います。

 なんで哲学をやっていたのに、政治哲学になったか?と言いますと、ナチスドイツ政権下で暮らしていたユダヤ人だったから、でしょうね・・・。ドイツからは逃げ、最終的には米国で暮らし、ほぼ寿命でなくなりました。心臓発作だったと記憶しています。

 それで、彼女はハイデガーの弟子だったということもあるのか、政治の系譜学というか、そういう研究をしています。そして、ハイデガー同様、やたらと古代ギリシアに触れます。

 これは、国民国家の政治を考える上では自然ではあります。そもそも、国民国家が範としている政治形態がギリシアの都市国家における政治、いわゆる市民による政治だから、ですね。

 その市民というのは、リベラルアーツを身につけた人、ということで、教育ともからんできます。面倒ですね。

 それで、報告書では、リベラルアーツ教育は、市民たるための教育、職業的レバランスではない、という話をしています。それで、アレントを引いたりしているのですが、それって、そんなに簡単じゃないよね、と私は思います。

 アレント的に言うと、リベラルアーツは「仕事」の職業的レバランスを有しているけど、「労働」の職業的レバランスを有していない、のではないかな、と思います。

 仕事と労働って違うの?と思うでしょう。アレント的には違います。

 アレント的には、古代ギリシアで、奴隷がやっていたのが労働です。いわゆる身の回りの世話仕事、雑用仕事、単純仕事です。仕事は自由市民がやっていた仕事です。いわゆるインテリや職人がやるような専門的なお仕事です。

 いわゆる、ホワイトカラーとブルーカラーの区分けとは少し違いますね・・・。そこがポイントです。

 アレントに言わせると、こういった元々違うものを、マルクスが労働の名のもとに統合した、それは間違いだ、とのことです。

 職に貴賎はない!が大義名分ですが、私はいろいろと、アレントの言う「労働的」な仕事関連のお仕事に関わって思いましたが、やっぱり違うんじゃないかな、と。

 建前として貴賎はないって言っても、「労働」に自己実現なんてあるの?といったことを思ったりしました。そして、その職についている人たちも、そういう意識はあるのがまた面倒なポイントだと思います・・・。

 アレント的に言えば、リベラルアーツは、ギリシア市民が市民の仕事につくベースではあります。バルバロイとは全く関係がありませんが・・・。

 なので、もろに「仕事的仕事」をしている人が、「全ての人が仕事で自己実現を!」と言ったりすると凍るし、「全ての人にマッチした仕事があるはずです!」と言ったりすると凍るし、「リベラルアーツに職業的レバランスはない」と言ったりすると凍ってしまいます。

 そんなに簡単じゃないでしょ、と思うんですね。

 制度設計をするような人は、みんな仕事的仕事をしている人です。そういう意味ではギリシア時代と変わってないと言えば変わってないのかもしれません・・・。

 それではまた。次回をお楽しみに。
2010.09.06(00:33)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 どうも、くら寿司が内定取り消し強要のようですね。

 「内定辞退のウラに何があったのか」http://www.mbs.jp/voice/special/201009/01_30043.shtml

 しかし、やり方がすごいですね。補償を支払わないためか、オーナーの方針なのか。わかりませんけど。労働組合がない会社で、オーナーが好きにやるとこうなる可能性はあります。

 ↓もすごい記事です。ありがちですが、中小企業の社長の横暴炸裂ですね。

 「なぜ経営者は「社員と価値観が共有できている」とウソをつくのか」http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1009/03/news008.html

 なぜ、中小企業に入るのが危険なのか?それは、オーナー社長が社員の生殺与奪権を完全に握り、抑止力はほぼ働かないからです。上場してないような企業のオーナー社長は好きなように人をクビにできます。

 角川書店の過去の暴露本などを見ても、もしも、あの話を話半分で読んだとしても、オーナーってすごいことするもんだな、と思ったりします。

 儲けて組織をでかくすれば、好きなようにできてしまいます。社内には愛人がいて、社長は好き勝手やっているという、三文小説のような話は山ほどあります。

 刺激的すぎて、付き合うと疲れますけどね。

 確かに、優しいオーナー社長もいます。それは確かです。私の経験では3割ぐらいかな、と。そうすると、そこに入るリスクはおそろしく大きい。

 こういうふうになってしまって、社長の奴隷。会社の奴隷と言ってもいいような状況になってしまうなら、ベーシックインカムでも導入したほうがマシな気がします。

 どうしても働かねばならぬとして、ブラックな企業も多すぎますし・・・。人を適当に雇って適当にクビにする経営者を何人も見てきました。理由はもっともらしいですが、人を育てる能力は全くないのですが、意識が低いとか、性格がだめだとか、いろいろ経営者は理由をつけます。

 働くのが好きな人だけが、働きたい人だけが働く世界なら、こんな歪んだことが減るんじゃないか、とも思いまして。

 どうしても中小企業で働かないといけないなら、お金持ちの息子さんがやっているか、大企業出身の人がやっているようなところを選んだほうが、「まし」な可能性は高いです。

 こんな社会ですが、面白いこともあるので、大学生にはましな選択ができるならしてほしいな、と思う今日この頃です・・・。
2010.09.07(23:08)|ブログ雑感コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 今日は、息抜き的に哲学の話でも書きます。

 ネタはゲーデルですね。

 ゲーデルは不完全性定理のゲーデルです。ゲーデルはアリストテレスに始まる古典論理の完全性も証明していますが、今日はその話はしません。

 不完全性定理は岩波文庫かどこかで本が出てますが、記号だらけで読めたもんでもないです。しかし、論理学の本に解説がいろいろと出ていたりします。というか、私は駒場の野矢さんの論理学の授業で勉強したはずなのですが、全く記憶にありません・・・。最近、論考を読み終えたので、ついでに論理学周りをさらっと読んだので、書いてます。

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 で、不完全性定理って何?かと言いますと、自然数論を含む公理系に関しては、その系は完全ではないという話です。

 系が完全である、ということはどういうことかと言うと、命題の真偽が定まって、その系の中で証明可能ということです。

 で、不完全性定理は、真であるにも関わらず、その系の中からは証明できない命題が存在する、ということを証明した、というお話ですね。

 アナロジーで説明すると、アキレスと亀がいいでしょうか。

 アキレスと亀が走って競争をすることになった。

 亀はハンデとして、前からスタートした。

 亀がスタートした点にアキレスが到達するまでに亀は前に移動しているはずである。

 アキレスが亀のスタート地点に到達するまでに、亀が移動した点にまたアキレスが到達するまでに、亀は移動しているはずである。

 これを永遠に繰り返すので、アキレスは亀に追いつけない。

 というロジックがあったとして。

 これ、感覚的に明らかに偽ですよね。アキレスは亀に追いつけるはずです。

 でも、この理屈だと、アキレスは亀に追いつけない。

 一般的には、速度概念を導入して、無限級数の和を使って追いつけることを証明しますが、この系では、直線と2つの運動の話ししかしてない。速度の話はしてません。ここに速度概念を導入して解くのは、その公理系の外に速度を定義することではないでしょうか?

 というアナロジーでなんとなく伝わるでしょうか?(一般的にはこういうアナロジーで解説しません。あくまでわかりやすく伝えるためです。ご容赦下さい。)

 系の外側を規定しないと、解けない問題が系には存在するというイメージです。

 そうすると、どんな系を想定しても、そのメタな系を使って解く問題が出てくる。問題を全て解いていこうとすると系は次から次へと大きくなっていってしまい、その拡大には終わりがない・・・。

 というようなお話です。

 どんなシステム、系があったとして、そこに生じる問題を全て解こうとすると、外部の系、メタな系が必要になる。

 メタへ、メタへと人間の想定する系がどんどん変容していく感じですね。

 パラダイムシフトは永遠に続くみたいなもんでしょうかね。世界を人間が分かりつくすようなことはない、というようなアナロジーとして使われますね。

 私の中でゲーデルは世界がメタへメタへとでかくなっていくことを証明した人、です。クーンのパラダイムシフトは必ずしも後のパラダイムと前のパラダイムに優劣はなかったと思いますが、まあ、後のほうが優れていると信じたいかなあ、と。

 ま、息抜きです。興味がある人は、ゲーデル関連の本でも読んでみてください。オススメは野矢先生の「論理学」です。それでは、次回をお楽しみに。

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野矢 茂樹

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2010.09.14(00:02)|シンキングメソッドコメント(1)トラックバック(0)TOP↑
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