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--------------------<以下、メルマガより>-------------------------

こんにちは。伊藤です。

寒い中にも春の訪れを感じるような、
そんな冬の日ですね。

みなさんはいかがお過ごしですか?

今日はなんとなく、日本の戦後を振り返ってみようと
思います。

第二次大戦後を少しだけ振り返ってみましょう。
1945年、日本は無条件降伏をしています。

東京は空襲で焼け、広島、長崎に原爆が落とされました。

戦後、軍票や国債の償還でインフレが起こります。
流通がしっかりしていない、その中で経済統制をしようとするものですから、
闇経済が幅を効かせます。

農地改革もその混乱を収めようとする政策の1つではあります。
少数の資本家が農産物を抑えているのならば、食料価格の値上がりは避けられませんからね。

政府がコメを買い上げる制度は、コメの価格安定には大きく寄与したと思います。
当然、小作農が減り、自作農が増えることは共産主義の台頭を防ぎます。

しかし、ドッジライン、経済9原則はデフレをもたらし、日本の景気を悪化させました。

これを救ったのは何か?
と言えば朝鮮戦争ですね。

お金に火をつけてあかりをともすような成金が続出しました。
米軍にモノを売って儲けた人がたくさんいました。

でも、1953年には朝鮮戦争は終わってしまいます。
朝鮮特需をあてにしてつぶれてしまった会社もけっこうあったそうですね。

ただ、1955年には日本もGATTに加盟して、国際経済体制の中へ復帰しはじめます。

国内だけじゃなくて、海外にもモノを売ればいい。

西欧諸国は日本のGATT加盟に反対していたように、日本製品の流入にあまり好意的ではなかったようですが、
これ以降、日本の製造業は海外にモノを売りまくって伸びる。ひたすら伸びる。

これが高度成長です。1960年に池田内閣が所得倍増計画を発表し、
7年で実際に所得が倍増した。まあ、インフレが起こっているわけです。

1968年には西ドイツを抜き、GDPが世界第二位になりました。
日本が積極的に海外にモノを売りまくったということはあるのですが、
60年代後半、米国の戦線拡大による「ヴェトナム特需」が近隣諸国を
好景気にしていたことは日本の高度成長にも大きく影響しています。

しかし、1973年の第四次中東戦争で狂乱物価が起こります。トイレットペーパーを
買いだめする映像がよく流れていましたが、石油価格の高騰が起こる。

一般的にはここに高度成長期が終わり、安定成長期が始まったとされます。

ここで、プロダクトポートフォリオマネジメントの原則を思い出してほしいのですが、
このポイントが急激な成長をする成長期前期が終わって、成長期後期が始まる時期なんです。

1950年の朝鮮戦争で成長期前期が始まったとしましょう。第四次中東戦争の1972年にそれが終わる。
大体20年ぐらいですね。その約20年後である1992年にバブルが崩壊して
「失われた10年」と言われる時代になるのは非常に示唆的です。

1970年代、それまでの鉄鋼に代わって、日本は自動車を売りまくります。
これが80年代の日米貿易摩擦につながっていくわけです。

ただ、トヨタ、ホンダ、日産はこのころに車を海外に売って売って売りまくって成長した。
これはまぎれもない事実ですね。

80年代には、エズラ・ヴォーゲルさんの「Japan as No.1」がベストセラーになる。
米国は不景気だったこともあり、日本脅威論、エコノミックアニマルなどという言葉が流行ったりしました。

そして、1985年、実質的に円高ドル安誘導を合意したプラザ合意があります。

日本から米国への輸出を減少させようという狙いがありました。
最大のマーケットである米国にモノが売りにくくなる。
これで日本は不況になるか?といったらそうではありませんでした。

日銀は大規模な金融緩和を実施して、なんとかしようとする。低金利にしてお金をジャブジャブ流通させる。
当然、インフレが起こる。

このお金は実体経済に対して効果を出そうとしているに決まっているのですが、
このお金は不動産や株式への投機に向かい、いわゆるバブル景気を生み出しました。

また、円高になるということは、相対的に日本円の価値が上がることになります。
日本企業が米国の資産を買い漁るという現象がおこりました。三菱地所のロックフェラーセンターの買収などは
センセーショナルに報道されましたね。日本脅威論の象徴として扱われた事件です。

そして、90年代。失われた10年です。
私は中学、高校、大学をこの時代に過ごしましたが、失われている感覚というよりは、
原罪に近い感覚を感じていましたね。

豊かなことが悪いことかのように植えつけられている印象があった。
そして、次が見えない感覚をなんとなく抱いていたと思います。豊かさは当たり前だけど、次はどうなるのだろう?
答えが全くない感じでした。

この時期、日銀は金融引き締めに転換し、不良債権の処理という80年代に必要以上に
資産価値が上がってしまったことの後始末に追われている、といったニュースがひたすら流れ、
80年代の反動からか、日本はダメだ、日本はダメだ、というメッセージが流れ続けていた
ように思います。

00年代に入ると、明るいニュースがそれなりにでてきたように思います。
少し豊かさは損なわれているような気はするけど、中国の伸びやITバブルといった
「転換」を感じさせる出来事があったように思います。

しかし、転換は始まったにせよ、その転換の果てにあるものはなんだろう?というのは
まだ見えていない気がします。でも、90年代の閉塞感よりは、変えよう、変わろうという
少し主体的な感じがしているように思います。

で、2010年代の現在。
お上主導で「所得倍増計画」なんてものは、もう出てこないのかもしれません。

「最小不幸社会」なんかより「所得倍増計画」のほうがすごいインパクトですよね・・・。
「所得倍増計画」を超えるマニフェストが出てくればすごいです。まあ、でないでしょうけど。

「年収10倍アップ勉強法」というのは、ある意味で「平成の所得倍増計画」だったのかもしれません・・・。

私は「教育改革」、「日本の成長」、「豊かさ100倍」が合わさったようなコンセプトを出していきたいなあ、と。
どんな名前にしましょうかね・・・。

あまりにつらつらしていて、長くなったので、このあたりで。まとまってませんね。ごめんなさい。
それでは次回をお楽しみに。
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2011.05.03(11:46)|読み物コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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