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 おはようございます。伊藤です。今日は、新しいことをやる時によくあることを少し書きます。Twitterでつぶやきました。その内容を転載です。

①組織の中で当たって砕けろとリスクを冒す人なんてほとんどいない。誰かがリスクを冒してうまくいくことを見たり、リーダーがそれを評価するような発言をすると形だけ真似てみてやってるふりをする。それはそれで罪ではない。人はそういうもん。やる人はそんなことは気にしないでリスクを取るだけ。

②たいていは数字さえ出してしまえば、文句を言う連中は黙る。しかし、その数字を出した功績を、文句を言って邪魔してきた連中は自分のものだと主張し始めたりもする。まあ、それもそういうもん。気にしないで次の仕事にとりかかればいい。自分の手柄にしたければ好きなだけ持っていけばいい。

③まともな経営者は誰が成果を上げているか、誰が足を引っ張っているか、わかっている。ただ、定着化していくフェーズ、誰がやっても大丈夫なフェーズになっていくには、そういう足を引っ張る連中にやらせられないとどうにもならんので、手柄はそいつらにあるかのようにしたほうが定着は効率がいい。

 私は「新しいことをやる」ということばかりやってきたので、上記のようなシチュエーションは何度も何度も見ましたね。解説していきましょう。

 リスクを冒して新しいことをやる人がいない!と悩んでいる経営者は多いでしょう。でもね、そういう人をそもそも採用していないし、そういう人をサポートする組織になっていることはほとんどないです。

 経営者はそういうリスクを冒す人が出た時に、そういう人を評価するメッセージを出したりします。が、結局、組織のメンバーはうわべだけ真似たり、プレゼンスメイキングだったりしかしません。経営者としては頭を抱えたくなります。

 しかも、足を引っ張る人が多数出ることにも気づきます。リスクを取る人が突っ走っているのに、足を引っ張る人がいる。なんでお前ら仲良くやらないんだ、と思いますが、そういうもんだと思って根気よく見るしかありません。

 そもそも、1つ1つの行動が成果を目指している人と、現状を変えたくない人とは行動原理が全く違います。現状を変えたくない人も、オペレーションを安定的に担うには必要な人材です。そういう人を混ぜておかないと、新しいことが上手くいった時に定着のフェーズへの移行がスムーズになりません。

 突っ走る人は人でストレスを抱えますし、足を引っ張る人は足を引っ張る人でストレスを抱えるのです。

 しかも、手柄の横取りのようなことは横行します。これもしょうがない。関与していないとも言えない人が組織では手柄を主張するもんです。実際に手柄を挙げている人は、主張するよりもなんとかするほうにフォーカスしていることが多いです。組織内でのプレゼンスを考えた時に、手柄を主張してプレゼンスを作り出すことは、当該チームにとっては重要です。

 うまく組織内でプレゼンスを作るためには、手柄が横取りになったとして、それはそれでしょうがないのです。

 政治的に主張もうまくて、実際に数字を出せる人もごくまれにいますが、そんな人はめったにいませんし、キャパを政治力に使うなら、まだ立ち上がっていないことをしっかり立ち上げるほうに注力してほしい面もあります。

 経営者から見ると、いろいろ透けて見えているわけですが、当事者同士は骨肉の争いをしているもので、経営者が気づいているとも思いません。まあ、気づかない経営者はその程度だということですが、ある程度の成長を経験している経営者は気づきます。阿呆ではない。

 あなたがリスクを冒す人だったとして、足を引っ張る人だったとして、フェーズごとに必要になる面があるので、それはそれで存在価値はありますし。

 いろいろと気づきを得るのに、成長するのにぶつかりあうことは非常に有用です。ただ、その中で成長することを選ぶ。なるべく人としての誠意をもって。というのは、やはり品性というか、育ちというか、人間性というかそういうものが出ます。

 さらっとまとめるとこんな感じでしょうか。短いですがこのあたりで。それでは次回をお楽しみに。
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2012.06.03(08:34)|戦略コメント(1)トラックバック(0)TOP↑
おはようございます。伊藤です。
昨日の夜はサッカーを見ました。勝ってよかったなあ、と。

本田選手は前でボールが持てるので、ものすごく楽になりますね。
たいていはあんなにゆったり持てないものです。

そして、彼の次の試合に向けてのコメントはいつも「最高の準備をしたいと思います」ですね。
やる時には体を無意識に動かすしかないから、最高の準備をするしかない。
その準備の時にはものすごく頭を使う。これはビジネスも同じだと思います。

チームが動き始めてしまう前に、いろいろな事態を想定しておく。
動き始めたら、こういう現象になっているか、ではこうしよう!と随時修正していく。
事前にどれだけ起こりうることを想定していられるか?が修正の精度を決めます。

シナリオプランニングも同じような考え方です。

結局、何か突発的事態が起こった時に、経営陣がパニックにならずに、想定したシナリオから
これぐらいずれているから、こういうことをすべきだ、と冷静に意思決定すればいいのです。
競合が突然似たような商品を出したり、取引先が突然値下げ要求をしてきたり。パニックになったら負けですよね。

シナリオA~シナリオCぐらいまで想定しておけば、マーケットがどう変化したとしても、
突発的に変なことをせずにすむ。より正しい意思決定ができる。

未来なんて誰にもわかりません。だから、未来を幅をもってとらえておく。
施策を実行した時にどのような事態が起こりうるか、しっかりと想定しておく。
そして、事実がどうなったのか、を把握する。

その事実が、想定した事態の幅の中にあれば、さして問題ではないのです。

これをテクニカルに捉えることもできます。
パニックになると人はとてつもなく愚かな意思決定をします。ビジネスは理詰めで収益を積み上げるものですから、
なるべくパニックになりたくない。

そうならないためには、
「これはあらかじめわかっていたことだ、このシナリオを偶然が採択したとしたら次に何が起こるだろう?」
ぐらいに考えるとよい。これはスポーツのメンタルトレーニングなどでもよく言われていたことです。

対戦相手を調査して、こういうことをしてくるチームだ、こういうことをしてくる選手だ、とあらかじめわかっておくことは
冷静な判断をする上ですごく大事なんですね。

だから、「最高の準備」が大事なんです。

ビジネスでの最高の準備は、「未来を幅をもって予測すること」だと思います。
そうすればパニックにならない。

私はこの意味では「占い」を使ったっていいと思っています。
占いは信じるから意味があるのではなく、未来の事態を想定するために意味がある。

そして、占いは日時を強調しますよね?
人は期限を切った行動をちゃんとできないものです。占いで「この日がいい日だ」と言ってくれたほうが、
その日までにいろいろ準備をして、ちゃんと実行しますよね。

占いは信じてすがるものではなく、未来の事態を想定し、日時にセンシティブになり、期日にアクションをするという意味で
使えるものかもしれません。私は使いませんけどね。経営者がやるのを特に否定しないということです。

以前、チームマネジメントのための占いを活用したパッケージをリクルート出身の人が売っていました。
けっこう、ああいうのを好きな社長も多いので、まあ、売れなくはないかなあ、と。

それでね、ああいう人のキャラクター云々と言うやつも、
チームのメンバーについて深く知ろうとするきっかけとしてはいいんじゃないか、と。

他人に関心がない人も世の中にはすごくいて、そういう人は機械的に人を扱う。
ビジネスは確かに機械的に儲かることが理想ですが、機械的に扱われるのが好きな人はあまりいない。

関心を持ってメンバーを見れば、いろいろなことがわかる。
占いを当初仮説としてメンバーを見てみた時に、それが外れていても、そのメンバーがどんな人なのかを知る
きっかけにはなると思います。

大事なのは、占いだろうが、スポーツだろうが、考えるきっかけとすることだと思います。

それで、以前に触れた勉強会、ようやく企画しました。ご興味ある方は↓です。
http://www.taii.jp/benkyoukai_landingpage.html

これも考えるきっかけにしてくれればなあ、という思いです。
それでは次回をお楽しみに。
2012.06.04(18:12)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 おはようございます。伊藤です。

 今日もTwitterのつぶやきをさらさらまとめます。大衆をターゲットにしたビジネスについて。

 大衆がターゲットであることと、教育をドメインにすることが、ある意味で悪徳な商売を生む、ということを批判的に書いています。当然、教育に限らず適応可能な面もありますけどね。

①大衆を相手にするビジネスには「慰め言葉」的なものは必須だ。「若白髪は頭がよくて金持ちになる」的な何かが。何もしなくてもいろいろできるようになる!とか。自分は何もできなくても、傾聴技法さえできればいい、とか。このビジネスにマルチ商法要素が加わって、信者が信者を生む形で広がっていく。

②「慰め」が必要なぶんだけ生産され消費される。社会的ニーズがある。だからビジネスとして存在すること自体は構わない。しかし、生産型の教育では時間の無駄ではある・・・。

③「慰め言葉」が欲しいなら素直にそういえばいい。私には慰めが必要です!私は慰めを提供しています!と。でも、これでは誰も買わないので、なんらかの正当性があるかのようなパッケージを纏うことになる。しかし、こういったことにかかわること自体が恥ずかしいことではなかろうか?

④しかも、自覚なく慰めを提供したり、慰めを受容したりするのは、自分の無知を告白しているようなものではなかろうか?いい大人が慰めを提供することをビジネスと割り切らずに善をなしているかのようにやっているのならば、それは無知の象徴ではなかろうか?

⑤ニーチェはキリスト教のルサンチマンを指摘した。これは勇気ある行動だが、「慰めビジネス」に善意で携わる人間の無知を指摘したところで誰も褒めてくれない。

 解説していきましょう。

 大衆をターゲットにしたビジネスで、本質的に本当のことを語ったとして、うまくいかないですね。現実は厳しいとか、そういう話はたいていの人は嫌いです。

 「一瞬で〇〇できる!」「1秒で〇〇できる!」なんてビジネス書がありましたが、これはまさに、都合の良い嘘ですし、慰めです。なにかしらのことができるようになるには、相当の時間がかかる。しかも、本質的な理解に至れる人間はごく少数です。

 ビジネスとして考えれば、カウンセリングやセラピー、エンターテインメントと同様に、何らかの一時的な慰め、気晴らし、気休めのようなものはニーズがあるでしょう。麻薬に手を染めるよりはマシだと思います。

 でもね、人は自分が大衆だと思いたくないし、愚民だと思いたくないわけです。大衆向けのコマーシャルで「上質な」とタレントが言っている缶コーヒーは本質的に上質ではないですよね。でも、上質だと思いたい。だからああいうメッセージになる。そして、それが売れるんです。悲しいことながらこれは事実です。

 ただね、これを割り切りでやるならまだしも、「本当にいいことだ」と信じてやっている場合があります。大衆を教師に仕立てるコーチングビジネスはこの典型ではあるわけです。「コーチに経験はいらない。傾聴技法だけでいい。」

 「自分史が大事だ」と言い、人を過去に縛り付け変われないように仕向ける。すると、一生同じところをぐるぐるとまわり続け、教祖さまにお金を貢ぎ続ける。これはこれで1つの人生です。本人が幸せだと思えばそれでいいかもしれません。

 でもね、そこから脱しようとするのが人間だと思います。ニーチェはキリスト教を徹底して批判しました。ルサンチマンである!と。ルサンチマンとは大衆の怨念のようなものです。

 大衆の怨念は多くのモノをひん曲げてしまいます。元来、良いとは強いことであったが、キリストの教えでは弱い者が幸いだという。これは「慰め言葉」の典型ですよね。

 人であるならば、「良い=強い」を目指してしかるべき、と。しかし、その向上心を大衆から奪い取り、マイナスの方向に持っていくのがキリスト教である、と。それを打破することをニーチェは目指したわけです。

 しかし、ニーチェは生きている間はあまり評価されませんでした。大衆は数が多いですから、そこで好意的に受け入れられないといけませんからね。

 現代において、「慰め言葉」を言うほうが儲かるでしょう。でも、それでは全体が沈んでしまう、と私は思っています。なので、なんとか現代的に「啓蒙」したいわけです。

 私のビジネスのターゲットは大衆ではないからこそできるかなあ、と思っています。こんなことを書くと、攻撃されるかもしれませんが、それでも、こういう耳に痛いメッセージを出し続けようと思っています。裏側では、「慰め言葉」を利用するモデルもあることを説きながら・・・。

2012.06.06(08:24)|マーケティングコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 今日はプレゼンテーションについてTwitterでの私のつぶやきをまとめてみました。「わかりやすい」ことが価値であると主張される方々がいますね。

 でもさ、そもそも言葉は状況を指し示す面があります。その状況の理解のためには、経験量が必要で、その経験量が欠如した人が増えているとすると、「わかりやすい」というのは、なんなんでしょう?というお話です。


①素人にわかりやすく説明したとして、その言葉が指し示す情報量は結局伝わっていないよ。わかったつもりを作り出すだけ罪なだけ。それでマネタイズできてしまっているなら延々と繰り返してしまうだろうけど。

②戦略に関して言えば、プレゼンはみんなにわかりやすいことが価値ではない。ほぼ、一人のキーパーソンに向けられてプレゼンは設計される。キーパーソンがわかって、GOとなればプレゼンは成功だし、キーパーソンが理解できずにNGとなればプレゼンは失敗。

③オペレーションのレイヤで、みんなの合意形成をする段階では、それはもう決まったこと。決まったことをいかにわかりやすく伝えるか?誤解ないように協力を引き出すか?というのは全く別の段階。これを混同している人は多い。

④オペレーションの人間を育てるのか、プランニングの人間を育てるのかで、やり方は相当に違ってくる。定型業務なんてない、今後は考えられる人をと言いつつ、オペレーターを育てているように見えるようなことをやっている人も多いよね・・・。


 それでね、大学で教えていると、今の受験教育が「終わっている」ことを日々実感します。彼らはバラバラな知識を覚えているだけで、つながりが理解できていないのです。

 そうすると、彼らの「わかった」は今までの覚えられるパターンにはまっている、であることが多いわけです。学習塾の研修を受けた学生が言っていました。「本質的なことを教えようとしても無駄だから、とにかく解けるように、何も考えさせないで問題を解けるようにしたほうがいいよって言われてびっくりしました。」・・・と。

 深みを感じられることは、つながりをつけられる能力と相関が高い。で、彼らの「わかった」はつながりが排除された上での「わかった」です。そんな「わかった」はいらないよ、と思いますが、今はそういう感じなのです・・・。そもそもそういう人が大学教育を受ける意味は何だろうと思ったりもするわけですが・・・。

 それでね、ビジネスでも、「みんなにわかる」が価値であるフェーズとそうでないフェーズがあります。

 どんな組織でもキーパーソンはそれなりに優秀です。大きな意思決定を求めるプレゼンでは、キーパーソンが「わかってGOする」というのが価値です。みんなにわかる必要はない。それは、次のフェーズだったりします。

 そうすると、キーパーソンオリエンテッドでプレゼンが設計されます。みんなへのわかりやすさ、一般的分かりやすさなどどうでもいいのです。

 末端のレベルでオペレーションをしていくには、やさしくわかりやすくといったいわゆるビジネス書にあるようなわかりやすさが大事にはなってきますが、このあたりでも末端の人間の理解は正直言うとどうでもいい面があります。

 結局、チームリーダーがわかっていれば、それでいいんです。チームリーダーのような人は、部下を動かすことに悩んだりしますが、そのレイヤはレイヤで独特のノウハウがあります。

 でもね、こういうのをいっしょくたにして、すべてに通ずるかのような顔をして教えられているものは、末端レベルでのわかりやすさだったりします。まあ、数が多いですからね。そのほうが救いがあるような面がある。

 大学教育でもそうですね。ある程度上のレベルで言うべきわかりやすさと、Fランク大学で言うわかりやすさをいっしょくたに論じるのは違うし、意味がないと思うんですよね・・・。

 それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
 

 
2012.06.07(21:04)|シンキングメソッドコメント(1)トラックバック(0)TOP↑
 おはようございます。今日は、成果を出せない人とKPI設定のようなお話です。本来は、みんながその指標の達成に向かうのがKPI設定の意味ではあります。でもね、設定しても、そうはならないもんなんです。

 Twitterにつぶやいた内容をまとめました。


①暇になって、プレゼンスメイキングだけで生きるようになったら終わり。

②成果の出ない人は、何かしら成果と関係ないことがさも大事であるかのように振る舞い、プレゼンスメイキングを始める。KPIの設定はそういう人間が出ないようにするために効果的。

③昔は、成果の出ない人間には、バック寄りの業務をやってもらう形もありえたが、もはや・・・。

④定型業務なんて派遣社員でもできるからね。設定されたKPIから逃げるのは無能の証明。

⑤KPIと関係のないところで、自分のプレゼンスメイキングを必死でやっている人を見たら、消えていただくのがベストだが、そうでない場合はなるべくフロント業務の邪魔にならないようにしてあげるのが大事。

 これね、KPIを設定してもしなくても、成果を出せない人はプレゼンスメイキングだけで生きるようになります。それを大事なことと思いこまなくてはやっていられない面があります。

 ただ、そういう人にKPIを自覚させても、結局は逃げます。ある程度の年齢の方にこんなことを言っても厳しい。「自分」に課された数字、成果を「自分で」達成することから人はすぐに逃げてしまいます。

 たちが悪い人は、他人の成果を横取りする。他人の足を引っ張る。誰でもできることで、成果のまわりにあることをやって、自分の功績を主張する。いろいろとパターンはあります。ただね、認識しなくてはいけないのは「あなたの給料を正当化するアクションではありませんよ」ということです。

 そして、お前が成果の周辺をやると、成果を出している人間がやりにくいし、やる気がそがれるだろ・・・、と思ったりもするわけです。

 定型業務は、いまや派遣社員でも雇って、教えれば誰でもできるのです。それを自分の功績であるかのように主張するのはいかがなものでしょうか。

 そういう人には消えてもらえればそれでいいのですが、なんとか活かさなくてははならない場合は、相当のエネルギーが要ります。

 結局、まずい人はKPIを設定してもしなくても、まずいのです。

 では、KPI設定の意味はどこにあるのか?と言えば、まともな人と、そうでない人の狭間にいる人をなんとかするのに、力になるとか。まともな人でも逃げたくなる時に、しっかりとここから逃げてはいけないことを認識してもらうとか。そういうことに意味があります。

 そうすると、成果を出す組織体にする時の意味あるリソースの注力の仕方は、上位層が大丈夫であることを確認し、中間層をなんとか上位に近づくように持っていき、下位の層には邪魔にならないようになっていただく。

 こういう手順なわけです。マイナスを出すと計り知れない人がいます。

 ただ、それはリーダーのマネジメントの問題でもあり、もしも絶対解決不可能なら、異動か、他のことをやってもらうか、チームから離れてもらうか、など、いろいろとあります。

 最近、若い人も指導するので、言いたいんですけど、20代に、しっかり成長する体験、変わる体験をしておかないと、おじさんになった時にどうにもなりませんよ。お荷物として生きていけるならまだ幸せかもしれない時代になってきていると思います。

 己の誇りをかけて、頑張ってほしいなあ、と思うわけです。

 それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2012.06.10(08:18)|マネジメントコメント(1)トラックバック(0)TOP↑
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