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 空き時間に書いています。

 さらっとさらっと軽く書きます。ごめんなさい。

 それでね、私はずっと育成に向いているとは自分では思っていませんでした。自分は自分を研ぎ澄ませていきたい。追求していきたい。人のことをやるのはちょっと、と思っていました。

 当初、部下がついたとき、これぐらいはできるだろう、と思って、いろいろやってもらったら、実は全くできず、何人かあわせても、自分が生産している量の半分もいかないことが発覚してびびりました。これはまずい、と。

 ただ、そこで気づいたのは「人のために」という思いは、お客さんのためだろうと、部下のためだろうと変わらないのです。私の中では、常に、世のため人のためという思いがあったので、そこから、部下のため、というのは別に難しい障害ではありませんでした。自然に思えた。

 あとね、これは経験則ですが、教えたがる人は育成には向いていません。誰のために教えてんの?という話になるからですね。

 でまあ、結局、人のためと思いたい自分のためというのは、私も同じではあるわけですが、そのレベル感が少し違うのです。自分のプレゼンスメイキングのために教えたがる人は、本当に向いていない。

 プレゼンスメイキングしかできないみたいな人は、育成には全くもって、向いていないことが多いと思います。

 あと、教える専業というものが本当に存在しうるのか、というのは、疑問なのです。

 自分を研ぎ澄ませる覚悟があるからこそ、そこでの試行錯誤を伝えられる面があるわけです。安易に言葉を読んで伝えているだけの育成は無駄です。

 本当に言葉が指し示すものをリアリティをもって捉えられているのか?というのはなかなか表面的にはわからないのです。

 まあ、言葉をこねくり回したり、プレゼンスメイキングのために教えたかったりという人は、すぐにぼろが出ますけどね。部下が言うことを聞かないとかね。そういう症状として表れます。

 私はずっと書いていますが、「部下が言うことを聞かないんです」ということは、すなわち、「私はマネジメント能力がないんです」と言っていることに等しい。そういう人が「マネジメントは~」とか言うと、失笑なんですけどね・・・。

 自分を研ぎ澄ます覚悟を持っていますか?クオリティを追求し続けていますか?その背中から、人は学ぶ面があるのです。育成に向いているというのは、マインドだけではない。自分を追求する覚悟の問題だと思うのです。

 先日、いろいろあったので、昔の部下に電話しました。手がかかった、一番手がかかって、本当にしんどい時を過ごした部下でしたが、

 「おう!元気か?」と言ったら

 「伊藤さん、声デカいです。仕事中です。」と冷静に帰ってきました。素直にうれしかったですね。本当に。もう何年になるんでしょうね・・・。

 自分を研ぎ澄ます覚悟があるのなら、育成をするのもいいと思います。自分にそれは帰ってきます。関わる覚悟は少し難しいかもしれませんけど、少し、大変だと思いますけど。でもね、ヒトと関わるってそういうことだと思います。

 それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
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2012.09.04(09:57)|マネジメントコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
おはようございます。伊藤です。

少しずつ、秋の気配が漂ってきています。
私はちょっとだけ忙しくて、メルマガが書けなくて
すいません。

来週は伊豆大島で合宿研修をしてきます。
遊びを通じて、思考の原体験量を増やす、というのが
コンセプトです。

今後10年、多くの企業はおそろしいことになると思っています。

若者が要求スペックを満たしていないことに気づき、
愕然とする。おそろしい企業の崩壊が待っていると思っています。

根本原因は何かと言えば、子供の集団が崩壊していることです。
外で集団で遊ぶ体験量が減っている。

お猿さん、チンパンジーですら、子供は集団を形成し、
その中で、遊ぶことを通じて社会形成の術を学んでいきます。
今は、外が危ないとか、親がそういうものの重要性がわかっていないということで、
そういう集団ができていない。

学校は、知識を学ぶ場かもしれませんが、集団を形成し、細かいアクションのフィードバックの
密度が確保されていることに意味があります。

私はいつも、ひよこ診断士のお話をします。
ひよこはオスとメスを目視で分けなくてはいけません。

オス、メス、オス、メスと、黙々と分けていく彼らはものすごいノウハウの持ち主です。
肛門付近の形で判別しているわけですが、それはマニュアル化できないほど繊細な差だそうです。
しかし、熟練のひよこ診断士は瞬時に見分けていくわけです。

これはもう、ひたすらやるしかないそうです。後ろに熟練の人がついて、とりあえずやらせる。
とりあえず、オス、メスを判別しろと。あっていたらそうだと言うし、間違っていたら違うという。

これを延々と繰り返すことで、何で判断しているかわからないけど、
人はオス、メスがわかるようになる。

施行回数が重要なわけです。

集団のフィードバック回数は尋常ではありません。
細かい挙動の1つ1つにみんながいろいろな反応を示す。

その反応に対して、また一つ一つのアクションが行われていく。
これの繰り返しが、遊びを楽しんでいる中で起こるのです。

経営者は企業の中では、最も多くのアクションを知り、そのアクションの結果を知ることができる
唯一の人間です。それだけのフィードバックがあれば、判断力は向上するでしょう。

研修でいろいろなアプローチがあります。
しかし、多くの研修では、子供集団での体験量がある程度ある人、というのが前提になっています。
その前提が崩れていることに気づいている人は、ごくごく少数です。

子供集団がなくなっているのに、そこでの体験量が減少しているのに、その体験をベースに理解するしかないような
研修をやっても的外れなだけです。

抽象概念の理解には、具体的体験の理解が必須です。
具体的体験を通じて、その体験が抽象化される。それが学問における一般化です。

でも、その具体的体験が減っているのに、抽象概念を言ってもしょうがない面がある。

理解とは、自分の体験に照らして、新たな体験を位置づける作業だと思います。
誤解であるかは、その位置づけの外れかたです。程度問題なわけです。

でもね、今は誤解すらできない「わからない」が横行しているのです。
いいですか、これは過去の世代が言っていた「わからない」ではないのです。
そもそも、理解の概念が違っている。つまり「わかった」も過去の世代が言っていた「わかった」ではない。

この現状に対して、100マス計算とか、いわゆる知識を入れ込む手法で対応しようとしている人が
ものすごく多い。でも、彼らのそういった知識の「理解」は我々の知っている「理解」ではないのです。

背筋が凍ってきませんか?
もはやジェネレーションギャップという言葉では片づけられない、おさるさんですら通過しているプロセスを通過していない
「若者」たちが入社してくるんですよ?この恐ろしさがわかりますか?

と、恐怖を煽ったところで終わります。
長い目で見れば効果的な新人研修をしたい企業の方はご連絡ください(笑)。

それでは次回をお楽しみに。
2012.09.15(08:06)|マネジメントコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 こんばんは。

 久しぶりにブログを書きます。

 「私のどこを見てそう思ったんですか?」

 これはよく学生の相談にのっていると聞かれることです。私は図星を突くのが得意ですが、図星を突くと、このように返されます。

 単純なことを言えば、喋り方、口調、座り方、目のやり方、顔の表情、雰囲気などを見て思った、ということになります。

 要するに、全体的にそんな感じだろうなあ、と思ったということです。

 それでね、今の人は、部分を改善すればなんとかなるとか、部分を見て何かを言っていると思うみたいなんですね。でも、部分を見て、全体ってわかりますかね?と逆に問いたい。

 昔、よく聞いていました。「全体から部分の総和を引くと、何が残る?」と。

 残るのは関係性、まあ、ゲシュタルトと言ってもいいですけど。ゲシュタルトというと、認知主体の側に全体性がある感じがすごくして違和感がある人はあるかもしれませんが、それはそれで。

 でね、心、技、体ってあるじゃないですか。

 何かを学ぶ時には、精神論も学ぶし、技術も学ぶし、それを実行できるようにやるし、というやつです。

 でね、心の部分、精神論の部分が、「精神論って意味ないでしょ?」という似非科学的な人が増えていて、困るんですね。

 とある女子が言っていました。

 「女の子っぽくすれば、彼氏なんて簡単にできますよ」と。

 でね、その女の子っぽくするアプローチってどうやるか?といえば、女の子っぽい女の子をイメージすれば挙動が変わってきますよね?いちいち、部分論でやって、座り方から立ち方、しぐさ、全部意識していたらきりがない。まあ、自分への意識付けとして、何かしらのしぐさを意識してやってもいいですけど。

 これね、精神論がすごく大きくないですか?伝わりますかね。

 確かに、1つ1つの技術はあるし、それを意識付けのきっかけにすることも大事なわけですが、精神的に女の子っぽくすることができれば、技術論なんてそんなにいらんですよね?わかります?

 このあたりのことって、心技体で言うと、技術偏重、部分偏重の時代になってから、取り残されている部分です。人間という全体性をもったシステムは、全体からのアプローチ、心からのアプローチも可能ですよね???

 まあ、核心を書かずに書くとこんな感じになります。ちょっと煙に巻いている感じですが、今日はこのあたりで。

 それでは次回をお楽しみに。
2012.09.28(09:45)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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