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 こんばんは。伊藤です。

 久々の更新です。滞ってすいません。

 それでね、今日は結果をもたらすことに関する世界観について書きます。

 営業をやっていると、状況は選択の連続で変わっていくということがわかります。トークによって、結果が変わってくる。

 ただ、私は精神力が足りないせいか、こういう世界観には少し耐えがたい。

 1つ1つの細かいトーク、質問によって、結果が変わってくると考えると、精神的にしんどいんです。本当に。私には耐えがたい。

 だからね、私はもう、相手が契約するとしたら、という縛りでしか考えないんです。そうすると、1つの基本線から少しぶれるような形でしかパターンが変わらない。考える量が少なくて済む。

 私はね、営業の時、考えるのは嫌いじゃないんですけど、結果が彩りをもって変わってくるのを受け入れるのが、本当にしんどいんです。

 精神的に余裕がある時には、状況の変化を刻々と読み切って、フローが常に常に更新されるイメージでしゃべれるんですが、余裕が無い時には、そんなことはできません。だから、決め打ちになります。

 現実的には、人は無数の選択の中にいます。1つ1つの選択が驚くほどの結果の違いをもたらしている。スポーツなどの勝敗がしっかりとつくものは、たら、れば、を考えやすいので、わかりやすいですね。

 営業でもそうです。たら、れば、を考えるのはすごく大事で、あの時、こういうオファーをしていればどうなっていたんだろう?というふうに考えることが、次の結果につながるわけです。

 営業だけではありません。現実において、自分がどのように振る舞うかが、実はもたらされる結果に対して、驚くほど影響を与えているわけです。

 一つ一つの行動に対して、考え抜いていますか?

 まあ、それはそれで疲れる人生なので、考えない選択もありえますけどね・・・。

 立ち回りだけで生きている人は、けっこう考えている面もあります。もっと本質的なほうを考えろよ、と思ったりしますけどね。

 ただ、選択の連続という世界観で現実を見たことがない人は、一度、営業をやってみるといいですよね。きっと、1つ1つの行動の違いでこうも結果が違うのか?と驚きます。

 たら、れば、を考えて、くよくよすることは意味がありませんが、次に活かすなら意味がある。この割り切りを現実ですることは誠意がない場合もありますが、まあ、ビジネスでは概ね悪いことではないですね。

 それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
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2012.12.06(22:04)|セールスコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 最近ね、飲食店の接客を見ていて、もう、やめてくれ、と思うような接客が溢れています。

 まあ、自社の利益率を上げるためのトークを一生懸命入れるのはいいでしょう。店内でお召し上がりですか?を聞くのは、マグカップで出したいからですね。紙コップよりもマグカップのほうが安いのです。洗って再利用できますからね。

 それと、店内のごみの分別とか、意味がある店とない店があって。入口だけ別に分別してあって、中身は同じ店がけっこうあります。それはつまり、分別なんてしないで出しているということです。いいか悪いかは微妙です。性能のいい焼却炉は、問答無用でいろいろなものを灰にしますので・・・。

 でね、自己満足な接客だなあ、と思ったのは、急いでいる私に、ラテを出す時に、「ハートマークが作れましたよ!見てください!」とか言ってくるとかね。

 俺、カフェラテのハートマークに興味はないんだ・・・。このおっさんのどこにそんなメルヘン要素があるのだ?と聞きたくなります。

 お前の自己満足ではないのか?と。

 でね、マニュアルってあるじゃないですか?

 なんのためにあるか?というとね、マニュアル通りにやったほうが、店員が判断するよりも儲かるから、ですよね。儲かるとは、つまり顧客の満足度と、店側の都合が適度にブレンドされて、最適化されることを目指しているわけです。

 スポーツで例えましょうか。私はサッカーをやっていたので、サッカーを例にしましょう。

 とりあえずボールを持ったら、前を見て、前のほうに蹴れ!という指導があったとします。

 これは何と言っているかわかりますか?

 お前が最大限の情報を得て、さまざまのプレーの中から選択して、行動するよりも、言われた通りにやったほうが、チームとしてはいい結果につながりやすい、と言っています。

 ひどい言葉で一言で言えば、バカは判断するな、と言っているわけです。

 これと対極のアプローチの指導もあります。一度に二つのこと、三つのこと、四つのこと、五つのこと、というふうにどんどん人の処理能力を上げていきます。

 そして、一度に五つのことをやれるようになったら、自由に判断していいよ、と送り出すのです。

 実際にこの指導で、特に決めごとをせずに勝ったチームもありますが、たまにしかありません。なぜかと言えば、そういう能力を有した人を集めることが困難だからですね。

 状況を見て自在に判断する、が理想だと私は思います。ただ、そこに辿りつけないので、そこに辿りつかないうちはマニュアルに頼る。そのスタンスでいる限りにおいて、自己満足な接客にはならないと思います。

 飲食店において、状況とは、個々の一人一人違うお客様のことですから。

 最近では、こういったことを知らずに飲食店にいる人も多いです。それはそれで構いませんが、たまに、指導をする側もこういったことをわからずにやっていることが多くて、恐ろしいですね・・・。本当に頭脳労働をやる人なの?と思ったりします。

 まあ、頭脳労働をやる人ではない、が答えなのでしょうけどね。

 向上心を持つなら、これぐらい持つと、経営側に行ける可能性が出てくると思います。まあ、選択の問題です。従業員側で、言われた通りやり続ける、何も考えないというのは、それはそれで一つのあり方です。結局、何を目指すか?の問題ですからね。

 それでは、次回をお楽しみに。
2012.12.15(09:52)|ビジネスシステムコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 最近、浸透してしまった感がありますが、ポジティブシンキングというやつがあります。

 まあ、安易にポジティブに考えよう、とやると、ただの見切り発車ですよね。

 ネガティブな事象を予測して、それを避けるように、ポジティブな未来をしっかり実現させられるようにするためには、起こりうるネガティブなことを想定することは大事です。

 これは当たり前なのですが、たまに、いい結果になると思えばなる、といったポジティブシンキングの捉え方があって、ドン引きします。

 いや、ポジティブに考えたところで、ポジティブな結果は出せないだろ、と。お前は観念論の世界に生きているのか?と。未来は引き寄せられるんだよ!宇宙人は願えば来るんだよ!とか・・・。やめてくださいね・・・。本当に。

 何かしらやる場合、発生しうる問題を考えることは大事です。こういう問題がある、と認識すると、その問題が起こらないようなやり方を人は考えるものです。

 まあ、問題が起こりうるから、アクション自体をやめることもあります。が、問題がでかいならアクションをやめたほうがいい場合も多々あると私は思います。

 それで死んじゃったりすることがあるなら、止めたほうがいいですよね。死んじゃわないにしても、大きすぎる問題が起こるなら、止めたほうがいいですよね。

 ただ、実行しながらも問題を回避できたり、越えられるならやればいいですよね・・・。

 このまま何もしなければ、これぐらい大きなマイナスが確実!とか言えるなら、何かしらしないといけませんけど・・・。

 どうしてもやらないといけないことなら、問題をつぶして、つぶして、前に進めばいいですよね。

 これ、すごーく単純ですよね。

 問題への対処を考えたくないからポジティブシンキングだよと言って、問題に対処しないというのは、ただの逃げです。間違いない。

 リスクを考え抜いて、避けうるリスクは全て避けつつアクションをする。これが理想です。リスクを考えているうちにやる気が失せることもありますけど、ほぼ、回避できそうと思えればやればいいじゃないですか。

 安易なポジティブシンキングは見切り発車です。見切り発車で事故が起こるのはよろしくない。それはわかっておいて欲しいです。
 
2012.12.18(09:48)|シンキングメソッドコメント(1)トラックバック(0)TOP↑
 ブログのほうが放置気味になっています。ごめんなさい。

 で、今日は「気づき」って何?というお話です。

 簡単に言えば、自分が無意識的にやっていること、無意識的に思っていること、などに気づくということです。

 これだと芸がないので、無意識って何?と問うてみます。

 すると、これは自動化されて、意識しなくてもできる処理のことです。サッカーで、そんなに意識しなくても、ボールを蹴るとか、トラップするとか、訓練するとできるようになりますね。

 動きをいろいろやる中で、自動的にやれるようになる能力が人間にはあります。幼児は、意味不明の動きをたくさんやる中で、動けるようになってくるのです。

 それでね、歩くのは、もう、ほぼ考えなくてもできますよね。

 自動化された処理を、再び意識してみると、いろいろとわかることがあります。こういうのを気づきって言います。自分はこんなふうにやっていたんだ!と。

 もうちょっと深くまで行きましょう。

 無意識的にできるようになることは何か?と言えば、幼少期から、生きるために必要なことができるようになります。食べたり、飲んだり、歩いたり。

 おっぱいを吸えない赤ちゃんは死ぬ恐れがありますよね。だから、目の前にさしだされたおっぱいを吸うことに夢中でしょう。だから、大人はおっぱいで育っていれば、無意識的に吸うという行為はできるはずです。

 歩く、も生きていく上で必要ですよね。

 走る、が生きていく上で必要な環境に育てば、普通に走れるようになります。木に登るが、生きていく上で必要な環境に育てば、木に登れるようになるでしょう。

 アフリカの熱帯雨林などで育てば、相当木登りが得意な人になりそうです。

 でね、自分が生きていく上で必要なことをやりまくる人は、ある意味で利己的、とも言えそうです。そりゃ、自分の生命維持にバイタルなことができるようになるんだから、利己的な部分もある。

 ただ、集団の中にいるほうが、自分の生命維持に有利なのであれば、他人と協力できるようになる、というのもわかりますよね?

 そうすると、無意識的に利己的になっているかもしれない部分には、集団から、「それはよくないよ」というフィードバックが働く可能性がありますよね?

 そうすると、その抑制に従って、人は、無意識的に、集団に適応していきます。

 その利己的というのと、集団適応的なこと、まあ、道徳的なことも集団適応的なことに含まれると思いますが、その統合が大人になってくると起こってくるわけですね。

 己を利するものと、集団を利するものの統合が、ちゃんとできている人は減ってきたように思いますけどね。

 でね、更に深く行ってみましょう。

 その上で、アクションとフィードバックの繰り返しが、その無意識的処理を作っていくとすれば、それが少ない人は、無意識的な処理能力が低い人ということになります。

 無意識的な処理能力が低いということは、気づこうとしても、無意識的な処理が少ないから、そもそも「気づき」も少ないわけです。

 空気が読めない人、は自分が空気が読めないことに気づかないわけです。そもそも、空気を読む自動的な処理が形成されていないのです!

 無意識的な処理能力を上げるにはどうするのか?

 自然の中で、生命現象にバイタルなフィードバックに近いものが、多い環境に置く。これが1つ。

 コミュニケーション密度の濃い集団の中において、フィードバックを多く受け取る。これが1つ。

 この2つをやることがいいんですね。

 これを一気にやる手段があります。そうです、遊びです(笑)。私がいつも言っていることに落ち着きましたね。気づきが云々とか、そういう研修をやっても、無意識的なプロセッシングの量が少ない子供にやっても無駄だということがわかりますでしょうか。

 「自然の中でみんなで遊ぶ」の研修やりたいなら、是非、弊社にメールください。

 結局、宣伝に落ち着きましたね。ごめんなさい。それでは、次回をお楽しみに。

 
2012.12.22(17:08)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 先日、研究やら講師やらをやっている方とお話していたら、「学生はすぐに答えみるよね。苦しんで考えないよね・・・。」とおっしゃっていました。

 まあ、そういう指導をずっと中学、高校と受けてきているから当たり前だろうな、と。

 当然、学習塾などがそういう指導をするわけですけどね・・・。

 うーんうーんと頭が沸騰するぐらい考えるという経験をしている人が減っている、と。これだと、行為規定できていない考えるの状況のまま抜け出せませんよね・・・。

 私は、ビジネスでは事態を想定できれば考えられているよ、と教えています。

 事態とは「起こりうること」のことです。

 今の現実、事実から、そうでない事態を考えられれば、考えていることになる、と言われれば、多少は楽でしょうね。

 ただね、安易にずっと苦しめばいいわけでもない。苦しみ過ぎると、脳が傷つくそうなので、そこまでいかないでもいいから、少しは考えて欲しいわけです。

 なぜかって?

 脳のそういう回路が形成されるからですよね。考えるっていう回路が作られる。

 物理的に、回路ができるには、繰り返しの刺激が要りますよね?

 スポーツでも、同じことを繰り返し繰り返しやらないと、できるようになりませんよね?

 考えている人は、それがどんどん自動化されてきますから、新しいことがどんどん湧いてくる、浮かんでくる人になるわけですよね・・・。

 この差は恐ろしいよなあ、と。

 生命現象にバイタルであれば、普通に考えて学習効果は高いですよね。空手をやってよかったと思います。蹴られたくないので、なんとなく、蹴りが出てくる瞬間がわかるようになっていきました。恐がりだったんですね。だからなのか、オフェンスイメージが沸くようにはなりませんでしたが・・・。

 なぜか?こうかもしれない、こうかもしれない、と「かもしれない」ということを延々と考えていることができる、というベースがないと、世に氾濫するノウハウにすがってもどうにもなりません。

 かもしれないが延々と湧き出るので、それを整理したり、全体観を捉えるとか、そういうものが活きてきます。でも、それ以前がないとどうにもならないのです・・・。

 今、巷に溢れるノウハウは意味がないわけではない。ただ、今の大学生には意味がない場合が多いという悲しい現実がある。

 ただね、10歳までにいろいろと刺激を受けたり、考えたり、悩んだり、楽しんだりということのベースを入力していないと、きついなあ、と。

 それでも、自分をなんとかするためには、自分の年齢が与件になるので、時間がかかることを承知で、いろいろとやっていかないと、ホワイトカラーでいることは厳しいでしょうね。

 それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。

 
2012.12.27(09:44)|シンキングメソッドコメント(1)トラックバック(0)TOP↑
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