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 おはようございます。伊藤です。寒い日々が続きますね。でも、日が長くなってきたので、気分的にはマシかな、と。寒くてすぐ暗くなると、少しげんなりしますから。

 今日は、少しだけ哲学、言語学、論理学みたいな話です。

 物語という言葉があります。でも、物語はモノを語るわけではない。たいていは、コトを語っています。出来事を語る。出来事とは何か?人と人が関わったり、人と自然が関わるとコトが生じます。

 物語はそういったコトを語っていると言えます。モノを語るにしても、モノと人のかかわりを語っていますよね。だから、コト語りをしないと、物語にはならない。

 ただし、単にコトを語っただけでは、面白くない。こういうコトが起こった、そして、こういうコトが起こった。そのコトの連鎖を語るだけでは、つまらない。物語にはならない。では何を語ると面白くなるのか?

 サマを語ると面白くなりますね。サマとは、起こりえたコト。実際に起こるコトではなく、起こるかもしれないコト、その多くの可能性の中で、たまたま一つのコトに収束し、事実となる。

 もし、あの時、こうしていれば、こうしていたら、とか。

 この状況で、こうしたら、こうなるかもしれない、いや、こうなるかもしれない、でも、こうなっちゃった。

 意図に反することが起こってしまい、それが悲しいのなら悲劇ですし、それが面白おかしいなら喜劇です。

 人は多くのことを意図し、起こりうる可能性を想定して行動する。そして、コトが起こる。そのコトがもたらすコトは、関係者の意図とは必ずしも重ならない。絶妙なコトが起こり、関係者はその起こったコトにいろいろな反応をする。情動が生じるわけです。

 その生じる情動を観察して複雑な感情や思考が生じる。

 こういうコトを紡ぐことが、物語をする、ということだと思います。

 ビジネスにも、すごーく示唆があると思います。では、短いですが今日はこのあたりで。
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2013.01.10(09:11)|シンキングメソッドコメント(1)トラックバック(0)TOP↑
こんにちは。伊藤です。

明日、思考についての勉強会なので、
ひたすら資料を読んで、考えて、という作業です。

はたから見ると、資料を見て難しそうな顔をしている
だけだろうなあ、と。

でもまあ、情動、感情、意思。
このあたりの話は誤解が多すぎて、
どう説明していいのか、迷いますね。

でまあ、私は大学に出入りしているのですが、
大学も、誤解が多すぎて、どうにもならんよなあ、と。

安易に○○力だ!とかいう人が多くて、
もう、大丈夫かな、と。

能力から、力って言っているんですよね。
じゃあ、能力って何?と思うんですよ。

で、私は社会における
価値の配分に資することができることを能力と
呼べばいいのかなあ、と思っています。

社会は生産したもの、サービスをみんなで分け合っているわけです。
資源は有限だから効率的に使わないといけない。
そのためには、人間は自由なマーケットを通じて、儲けたい!とみんなが思って
競争したほうが、効率的に、みんなに価値が行き渡る。

ここに参加して、実際に配分を促進できれば能力があるし、できなければ能力がない。
民間であれば、儲けられれば能力があるし、儲けられなければ能力がない。
役人であれば、配分を促進する仕組みを作れれば、能力がある。促進されなければ能力がない。

このあたりを踏まえて語ってくれないと、なんか違うほうに話が行きますよね・・・。

それでね、大学教育で、それなりに上位の大学ならば、規模の中で効率よく配分が進む、
儲かるようにする、といった抽象的な思考ができる人を作っているはずなわけですよね。

でも、今は、能力と学力がまったく相関しない世界になっている。
いや、超上位と超下位は別ですよ。相関しまくってます。
中位層が、相関が低くなっている。まあ、これは私の仮説ですが、
進学校あたりの先生たちは気づいてますね。

ああ、この子たちは点数は取れるけど・・・、と。

それでね、日本は先進国で、工業革命を経たというか、工業がある程度発達し終わったので、
若年失業率が高くなる。これは、よく考えれば当たり前です。

メーカーさんにはアップサイドがあって。ものをつくって、世界中に売れるなら、
そのアップサイドの恩恵を従業員が受けることができる。

でもね、人件費が上がってくると、より人件費が低いところに工業、特に単純労働に近い部分は
移って行ってしまう。そうすると、若い人が就職しようとしたときに、職がない。
工業がもたらすアップサイドの恩恵にあずかれない。

サービス業は粗利は大きいけど、アップサイドが効きにくいですよね。
そうすると、雇用の受け皿になるにも限界がある。工業ほど人を抱えられない。

しかも、サービス業は肉体的にけっこうきつい面があるし、
海外からどんどん人が入ってきて、日本人が競争力を持ちにくい。

そうするとね、上位の大学で目指す教育は、肉体労働的なサービス業に就職しよう!ではなく、
いわゆるヘッドクオーター的な、ホワイトカラー人材を育てるというところですよね。

学問を学ぶことで、目の前にないことでも、イメージができて、効率がよくなるやり方などを
考えることができる。それは、社会の価値の配分に抽象的なレベルで貢献する仕事です。

といったことって、私は当たり前だと思うんですけどね・・・。
多くの方はグローバル人材だ!とか、○○力だ!とか、バズワード的なことを言っていれば
いいやといった感じですね・・・。

時代は変わっても、こういう側面は変わらないなあ、と。
それでは今日はこのあたりで。

次回をお楽しみに。
2013.01.19(14:11)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 こんにちは。今日は、日本国債は日本人が買っているから大丈夫!というお話についてです。中学生にもわかるようにシンプルに書いてみましょう。

 えーっと。それでね、何が大丈夫で、何が大丈夫ではないかはよくわかりませんが、まあ、どうなるか?を考えてみましょう。

 国債は国がお金を借りているわけですよね。国債を買ってくれた人から借りている。買っているのはだれか?だいたいメガバンクですよね。

 国がメガバンクから1000兆円借りました。もしも、あなたがメガバンクだったら、メガバンクは1000兆円返してもらわないといやですよね。というか、返してもらえなければ、生きていけないぐらいのダメージを受けそうな気がしますよね。

 まあ、全体の資産構成によりますけどね・・・。1000兆円は、どんな主体にとっても、大きそうな気がします。

 それでね、これが国が返せないとどうなるかわかりますよね。メガバンクがやばいことになる。

 メガバンクがやばくなっても別にいいよ、と思いますか?

 メガバンクは何を原資に国債を買っていると思いますか?メガバンクも誰かからお金を借りているんです。誰でしょう?

 そう、預金者です。日本には預金が1000兆円あるから大丈夫だ!というのは、その預金をしている人の貸しているお金が、国に踏み倒されるから、大丈夫だと言っているのでしょうか?

 まあ、国債を買っている国民と、メガバンクに預金している国民が、国のためだったら、喜んで自分の預金なんて差し上げますよ!と言うのであれば、いいでしょう。私は嫌ですけどね・・・。

 それに気づくと、みんな、日本のメガバンクじゃなくて、シティーバンクとかに口座を持ったりするわけですよね。日本国債は日本人が買っているから、外資は買ってないから外資に預金すれば大丈夫!という話ですね・・・。

 もしも、みんながそう思ってそういう行動に出ると、メガバンクが預金者からお金が借りられなくなって、国債を買い続けられなくなりますけど・・・。大丈夫なんでしょうか?

 いや、日銀がカネを刷ればいいんだ!!!と思います?

 日銀が国債を無制限に買えば、いくらでも国債は発行できるぞ!と。

 まあ、そりゃそうなのですが。

 じゃあね、日銀が今の通貨が2倍になるぐらい、お金を刷って国債を買ったとしましょう。よかった。日銀が助けてくれた、と。

 そうするとね、もしも、モノ、サービスの価値の総量が変わらなかったとして、お金だけ2倍になったら、お金の価値は1/2になりますよね。

 たとえば、私が100万円預金していました。ビッグマックが100円キャンペーンだったとして、これまで1万個買えました。

 でもね、お金の量が二倍になると、ビッグマックが200円になっちゃうのですね。そうすると、5000個しか買えない。

 えー、現金で預金すると、貧しくなるのー、と。そうです。貧しくなるはずです。

 でも、上記の仮定が変われば、ひょっとしたら、ひょっとするのです。何が変わればいいのか?

 書いてありますよね。「もしも、モノ、サービスの価値の総量が変わらなかったとして」と。

 この総量が同時に2倍になれば、ビッグマックは相変わらず1万個買えますね!よかった、と。ただ、日本はここしばらく経済成長していないので、どうなんでしょうね。

 それがデフレのせいだ!ということだけなら、インフレにすれば、ひょっとしたら、ひょっとして経済成長が起こるかもしれない。

 それは、わかりません。

 でもね、経済成長を必ず持続的に起こせる施策ってあるかっていうと、私はないと思いますけど。

 国が公共事業をやればいいんだ!という考えもあります。いわゆる財政出動というやつです。

 公共事業をやると、国が無理やりモノ、サービスの需要を作り出すわけで、モノ、サービスの価値の総量は上がります。でも、その原資は、国債です。

 あれ、初めに戻りますね。国債で資金を調達して需要を作るためのお金にするのです。そうすると、少し複雑な話になりますね。

 国がカネを借りて、国が需要を作れば、経済成長が起きて、たとえ日銀が国債を引き受けたとしても、お金の総量が増えたとしても、インフレにはならないし、国民は預金を国に差し出さなくていい、となるのか?というところです。

 そうすると、借金の増加速度、お金の増加速度と経済成長速度がどれがどれぐらい速ければ持続可能なのか?が問題になってきますよね・・・。誰も知らない世界に入っていきます。

 大失敗すれば、みんなの預金がなくなって、借金もなくなって・・・、ですよね。

 え?それだけでいいの?じゃあ、やれば?という声も聞こえてきそうです。が、これだけではないです。円の価値の問題があります。円という通貨が、借金の埋め合わせでバンバン刷られるとどうなるか?といいますと、円の価値が減ります。

 他の通貨に対する相対的な価値が下落します。そうするとね、原料、特に石油などの資源や、輸入に頼っている食べ物が高くつくことになる。当然、それを上回るだけ日本のモノが海外に売れればいいわけですけど、どうなるでしょう・・・。わかりませんが、最悪のシナリオとしては、石油、食糧が上がって、電気、食い物の値段が上がります。

 そうすると、預金の価値も減っているので、今の豊かな暮らしは持続できないでしょうね・・・。とんでもなく貧しくなる。

 それはそれでいいんじゃない?というのなら、いいですけど・・・。でも、こうなったら、安全保障とかの持続可能性もなくなるような気がします。現代に戦争が起こるか?というと昔ほどのリスクはないのかもしれませんけど、領土をめぐる小競り合いなどには勝てなさそうな気がしますが・・・。

 これ、リスクは相当あるよなあ、とういうことなわけですよね・・・。ただ、ということはリターンもある可能性はあるということです。

 もしも、財政出動と同時に、規制緩和などをやって、新しい産業が力強く起こって、輸出企業が奇跡の回復などを遂げて、借金問題は、GDPの成長が起こるし、増税もするからGDPに対する割合としてはたいしたことがなくなって、今より更に豊かになって、万事OK!となる可能性がないわけではない。

 「危険な賭け」というのは、こういうことですよね・・・。リターンがないとは言わないし、リスクがないとは言えない。まあ、そういうもんです。

 どっちにふれるのか?それは誰にもわかりません。必ずどっちになるんだ!といえるやつは嘘つきだと思います。

 私はどっちかって?痛みを伴って、誰かがとばっちりを受けるけど、なんとかなるかもね、と思っています。私はそういう未来にベットしているというか、そういうことです。私は今の社会、世界は素晴らしいと思いますよ。みんなエアコンがあって、床暖房まであって、ウォシュレットまである。すごい、素晴らしき世界、と思っています。

 それでは、今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2013.01.24(10:59)|ソーシャルコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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