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おはようございます。伊藤です。

今日が仕事初めの方も多いと思います。
私は年末年始もずっと論点を書いて、解の仮説を書いて、気晴らしにTwitterやっていました。

今年もよろしくお願いします。

それで、最近はTwitterで動機主義というのを叩いています。
動機がピュアならうまくいくという考えです。

この魅力は強力で、これに憑りつかれる人が後を絶たない。

でもね、これまでもずっと書いていますが、
やるメリットがデメリットより大きくて、やり方がわかっていて、
自分がそれをできればやりますよね。

本来、このメリットとデメリットの比較から来るものを
動機と言うはずなのですが、動機主義が指す動機という言葉は
もっと信仰のようなものです。

これが自分の天職だから、とかね・・・。
おいおい、大丈夫か?と。

でね、このやるメリット、デメリット、やり方、できるか否か?を
考えるのが、考えるですよね。

やり方がわからなければハードルは高いというか、
やれない。

やり方を知識としてわかっていても、
自分がそれをできるかが見えないと、やれない。

本当に単純化すればこういうことですよね?

それをね、メリットとデメリットの比較を外発的動機だと退けて、
内発的動機、心の底からやりたいとかそういうものを据えると、
自己啓発の教祖には都合がいいことが多いんですよ。

前に聞いた自己啓発の教祖の発言で面白いなあと思ったのは、
「この場に来た人は、みな感じるものがあってきたはずです。メリットとデメリットを比較してとかそういった作業をしていないと思います。そういうことをする人は逆に言えばここに来てはいけないのです。」
というセリフです。

うまいなあ、と。

これね、この自己啓発教団では、
メリットとデメリットを比較してはならないわけです。

なぜか?

そりゃあ、デメリットがでかいからですよね・・・。
何百万円も教祖に貢ぐのは、そういう思考をもっていては不可能です。

動機の純粋性の強調というのは、こういう危険が満ち満ちています。

有名な書籍でいえば、「失敗の本質」ですよね。
失敗の本質失敗の本質
(2013/08/02)
戸部 良一、寺本 義也 他

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必勝の信念に従えば勝てるんだ、につながる。

これを疑問を持っちゃいけないという教えがつながって、
大惨事が起こる。

まあ、自己啓発教祖に貢ぐぐらいなら、
せいぜい数百万ですからたいしたことはないのですが・・・。

でね、メリットとデメリットの比較、やり方というものを
解説するビジネス書が巷に溢れましたね。

いわゆる〇〇ハック的な。

で、私はこういう薄っぺらい〇〇ハックも批判します。
ただ、動機主義よりはましだとは思いますよ。

ただね、メリットデメリットの比較、やり方というもののステップを
文字上でわかっただけで難度が高いことができるか?といえば、
やったことがないことはすごく難しい。なかなかできない。

それでね、こういうハウツーじゃダメだと、
動機主義にはまり込む人もいて、悪循環なわけですよ。

ハウツーの次に必要なのは、系譜学的アプローチです。
なぜその手法が編み出され、どのように考えられて設計されているか?です。

だから、何をやるにせよ、起源にさかのぼって調べて理解した上でやる必要があると私は説くわけです。

と、ここから宣伝ですが、
資本主義と市場経済の2つを理解することが、
結局、経営戦略の理解に近付くわけです。

といことで、経営戦略勉強会、あと、2,3人来るといいなと
思っています。
http://www.taii.jp/strategy_benkyoukai_landingpage.html

それでは次回をお楽しみに。
≫「今年も動機主義を叩きます」の全文を読む
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2014.01.06(10:58)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 バリューチェーンについては何回か書きましたが、先日、質問されたのでまた書きます。

 なんで、ポーターはビジネスシステムをバリューチェーンと呼んだのか?

 それは、お客さんが価値と感じることにつながることが、生産される一連の流れが、ビジネスのプロセスだからですね。

 でね、お客さんが3パターンぐらいいたとして、その人たちが価値だと思うことの優先順位を3つから5つぐらい出したとするじゃないですか?

 自社のターゲットがパターンAのお客さんで、その人が価値だと思う要素が3つあったとします。

 で、問うわけです。その3つの価値を生産するプロセスを自社はちゃんと抑えていますか?

 その価値の組み合わせをその組み合わせで提供できる会社がなければ、そのターゲットを独占できますよね。つまり、ユニークなポジションだということなのです。

 顧客が価値と感じることをいかに効率的に生産するのか?が大事ですね。

 というような考えがバリューチェーンなわけです。

 というつながりでちゃんとバリューチェーンを捉えている人は少ないようなので書いてみました。

 それでは、今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。

2014.01.15(21:33)|ビジネスシステムコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 クローズアップ現代が、居酒屋甲子園を批判というのが、少し話題になっていました。

 夢、遣り甲斐という名の下に、長時間かつ低賃金の労働を正当化するのはいかがなものか?と。

 法令に違反していない限りにおいて、居酒屋の低賃金長時間労働が悪いとも言いません。違反していたら徹底して取り締まるべきではありますが・・・。

 もしも、夢や遣り甲斐という名の下に、いわゆる賃金の低い労働を正当化するのが悪だとしましょう。であれば、居酒屋以外にも糾弾されるべき人たちは山ほどいるように思います。

 それは高校、大学のキャリア教育で、夢や遣り甲斐、やりたいことを子供に語らせる人たちです。

 仕事に遣り甲斐がどうというのを第一義で持ち込むのは私は反対です。そもそも、暮らしのためです。高賃金ならば、その多寡はほぼ幸福度と関係はないですよね。ただ、生きるために働くという中で、できるだけ高賃金を求めるのは当たり前です。

 だから、まずはカネという現実的な問題をどうするというのがあって、その次に遣り甲斐がどうという話があるでしょう。

 労働者の給与は労働生産性を越えることはありません。生み出した付加価値を労働者の数で割った数字以上の給料が払われることは原理的に無理があります。

 その付加価値の大きさがそもそも業種によって違うし、労働者一人あたりに直した数字も違うわけです。労働生産性が高い仕事は、たいていは高い教育水準が必要です。

 キャリア教育をするならば、遣り甲斐ではなく、教育水準と就業可能な職業のリストを見せるべきでしょう。

 また、中核プロセスを抑えている企業、つまり大企業と、周辺プロセスに甘んじる企業、中小企業の賃金格差は2倍程度あります。この現実を踏まえた上で、どうするのか?ということを考えねばならないでしょう。

 この情報を知らない、知らせないで、上位大学の学生に中小企業や労働生産性の低い仕事を勧める大人がけっこうな数います。就職先からバックマージンでも貰っているのだろうか?と思ったりします。ひょっとしたら、たんに知らないで善意でやっているのかもしれません。人の幸せは賃金じゃないよ、と考えて。

 気休めが悪だとは言いません。私はむしろ、気休めは必要だと思います。高い賃金を得るという競争に敗れ、低賃金に甘んじる人に気休めの言葉はあるべきです。それが居酒屋甲子園なのであれば、それはそれでいいと思うのです。

 ただ、そういった情報開示があまりに不徹底な気がします。そして、その情報を知ってなのか、知らないでなのか、労働生産性が低い仕事、企業を勧める大人がいます。

 欲しい給与と、必要な教育水準が明確化された上で、気休めはそれぞれにある世界の方が私はいいと思います。そういう意味で、糾弾されるべき対象は居酒屋甲子園ではないのでは?と思ったりもするわけです。

 それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。

 
2014.01.20(17:05)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 封建社会が崩れ、都市部に農民が移動する。これは都市に工場ができるからです。

 その都市に形成される社会を市民社会というわけですが、これは資本主義社会にほかなりません。

 空想的に自立した市民の共同体としての社会という考え方もあるわけですが、実態としては資本家が資本、大規模生産設備の所有を背景として、労働者を搾取する構造だ!とマルクスは指摘したわけです。

 でもまあ、みんなで何かしらのことをする時には、誰かが指示をして、誰かが命令を聞いて動かなければなりません。これ以外の組織というのは、試してみればわかりますが、本当にうまくいきません。

 全ての労働者よ団結せよ!とマルクスは煽り、労働者が言うことを聞かないという困った状態を創り出しました。平等という概念から考えれば、まっとうな抵抗の仕方ですが、これだと物事が動きません。

 で、マルクスは労働者管理企業を作ろうとしたのですが、歴史的に労働者管理企業は資本が毀損してしまうので、うまくいかないことがわかっています。

 生協のように、顧客の組合が力を持つ形はうまくいくことがあります。

 要は、外部にパワーを持つ発言者がいないことには、組織的な行動はうまく行かないということですね・・・。つまり、人は聖人君子ではなく、監視されないと真面目にやらない・・・。

 これを前提にガバナンスという考え方があるわけですね。

 国家のガバナンスでは、欧米というのは徹底して人間を信用しないシステムを組んでいます。個人に権力を与えたら腐敗するに決まっているから、腐敗しないような工夫がある。

 ただ、最近のニーアルファーガソンの「劣化国家」による指摘は法律家が国民国家を食い物にしているということを指摘しているわけです。日本だと官僚機構が3権分立の建て前とは別のシステムをくみ上げてしまっていることが問題でしょう。

 日本人は運用でなんとかするのは得意ですが、裏返せば設計の不備をついて、運用でいかようにでも好きにすることをしてしまうわけです。

 それでね、日本企業の大きなところでも、けっこうジョブディスクリプションがいい加減な面があって、現場の裁量がある程度大きかったりするわけです。本当は株主がパワーを発揮して企業を監視すべきなのですが、持ち合いや買収防衛策などによって、監視されない仕組みをくみ上げてしまっている。 

 ただ、内部の労働者の相互監視の仕組みが機能するならまだましです。

 では、ブラック企業の場合はどうなるか?

 ここでね、企業というのは、指示命令関係によって成り立つことを思い出しましょう。オーナー社長の権力は圧倒的です。そして、ジョブディスクリプションはけっこうアバウトです。

 そうすると、オーナー社長の命令をただ聞く人になってしまうことがあります。それはそれで企業という仕組みはそのためのものなのですが、それはあくまで企業が目的とする利益を上げるためなら許される。

 ここで、セクハラやパワハラの問題が起こってくる。

 それと、従業員の側が、「遣り甲斐」という概念を自ら作り出して、それで自分を縛ってしまうので、経営者の命令に従うのは、遣り甲斐があるからだというロジックを成立させてしまう。

 これは危険です。企業と従業員の契約では、従業員が命令に従うのは、お金を貰えるからです。

 もうわかりますね。「お金がもらえなくてもやりたいことをやっているのだから働け!」というロジックが成立するわけです。これは巧妙な奴隷制を成立させます。

 「君はお金がもらえなくても今の仕事をしたいか?」と経営側が従業員に言うのは、明らかにおかしいわけです。

 お金がしっかり投入した時間分貰えて、それが自分の命を削らない前提ならば、「やりたいことが望ましい」のはわかります。ただ、前提条件が危険にさらされるのは大きな問題なわけです。

 上場していない企業に監視の目は働かないことが多く、オーナー社長は圧倒的権力を持っているわけです。労働者間の相互監視によって、経営者の暴走を防ぐような仕組みは期待できない。経営者とは、従業員に命令できる人なわけです。

 従業員が身を守る方法としては、遣り甲斐というよくわからない概念ではなく、前提条件としての労働条件がしっかり守られるのか?といったところでしょうね。

 といった当たり前のことを語る人が少ない気がしています。

 それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。


 
 

 
2014.01.23(08:35)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 さて、前回、企業は権力を行使する仕組みであるといったことを書きました。

 で、日本企業は、株主の権力をないがしろにする形で成立していることにも触れました。持ち合いや買収防衛策によって株主による企業の監視はいい加減になっている。

 経営者も、どちらかと言えば労働者の側です。労働者から出世した人が経営者になりますからね。そうするとね、普通は資本の毀損が起こります。

 企業は株主が所有していて、株主のカネで設備から何から買っているわけですが、こういった会社の資産は通常、株主の監視がうまくいかないと、毀損するわけです。

 東南アジアあたりでは、アルバイトが物流センターからいろいろ持って行ってしまったりしますよね・・・。モノが盗まれる。大事に使われない。

 ただ、日本企業の場合、それほどこういった問題が起こらない。

 なぜか?

 それは、いわゆる終身雇用という伝説が、日本人の感覚に合うからです。長期的関係だと思えば、資本を毀損しないインセンティブが働き、ずっとその会社にいるなら、「うちの会社」になる。「うち」になる。

 借地借家法でも似たような事態が起こっています。

 家は家主の財産なわけですが、住んでいる人の権利が異様に強いのが日本ですね。これは財産権の侵害ではないか?と思うほどに、そこにいる人の権利が強い。

 そうすると、資本の毀損が起こりにくい。ただ、これも崩れてきていますが・・・。

 そして、もう1つの日本人の特徴として、現場が強いというのがあります。ジョブディスクリプションががっちり決まっておらず、現場が裁量で実行する。けっこう、勝手にやるやつも出てくる。

 有名な「太鼓の達人」というゲームがありますが、役員会で企画が否定されても、現場が勝手に開発を進めて、作ってしまい、世に出したというのはけっこう有名な話ですよね。

 上から何かが降りてくるというより、現場から上がる。「事件は会議室で起こっているんじゃないんだ!」が日本人にはなじむわけです。

 会社を自分たちの「うち」だと考え、ゆるい統制のもとで、現場が自発的に考えて動く組織が日本の組織の特徴なわけです。

 これは、機能集団というより、コミュニティーです。機能集団としてのカンパニーではなく、共同体としてのコミュニティーです。

 企業は法律上は株主のもので、利益を上げるために存在しているはずなわけですが、企業は日本では労働者のコミュニティーと化している。

 憲法上は3権分立の建て前があるにもかかわらず、官僚が立法も行政もやっている実態を見るに、民間も役所もとても似ています。これはそもそも欧米型の国民国家ではない。企業も有限責任でリスクを取りやすくし、儲けを追求する入れ物ではなくなっている。

 よく考えると恐ろしいことです。

 で、株主から監視されているわけではないですが、長期の関係のもとに相互監視が働く。現場で人望があり、かつ、仕事ができる人が権限を握る。必ずしも上ががっちり見ているわけではない。

 こういった日本的企業に入っていくためには、日本的に和を尊びつつ、自発的に動ける、というのが必要になるわけですね。

 ただ、この日本企業の特徴が、自動車以外は競争力を失いつつあり、アップルやら、サムスンなどのような独裁的、トップダウン企業が力を増している。

 日本でも、ソフトバンクやユニクロなど、ある意味で独裁的に上から物事を決めるタイプの企業が伸びている。

 というところで、一昔前の日本では抜擢されなかったようなタイプの人が、何かしらの変革を期待されて、いろいろやるようにはなってきているわけです。

 この中で、人材というのはどうあるのだろう?というのは1つの大きな興味深い問いなわけですが、それはまた次回に書きましょう。

 それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。


 
2014.01.27(20:35)|マネジメントコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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