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 おはようございます。伊藤です。ブログがまた放置になってきてしまいましたね。すいません・・・。

 近況としては、腰がくびれてきて、腹が割れてきました・・・。プレッシャーに打ち克つために体を鍛えておりますが、ついにここまで来たかという感じです・・・。大学でサッカー漬けになっていた頃よりもいい身体なのではないでしょうか・・・。

 もろもろ、やるとお約束したことが遅れておりまして、関係する皆さまには、ご迷惑をおかけしております。申し訳ありません。謹んでお詫びいたします。レポート、勉強会、メールマガジン、執筆など粛々と進めてまいりますので、ご容赦ください。

 それで、最近考えていることを書いてみます。今年はとにかく仕事が詰まっておりまして、また、難度が高い仕事が多く、自分なりに大事な年だと思っていますので、そのあたりについてです。自分のことで申し訳ないですが、書かせていただきます。ごめんなさい。

 私は独立が早かったので、年齢不詳でやらせて頂いております。二十五歳のころから、「四十幾つですか?」と聞かれるぐらいに老けていたので、それを最大限に利用させていただいてきました。

 雇われていたころに、最年少で昇進したのも、「お前もそろそろ35か?40か?部門を持ってもいいだろう?」と聞かれた時に28歳だったというのがあります。「28歳です」と言ったら会議が凍り付きましたけどね。凍り付いた意味合いはいろいろとあったでしょう。ただ、その凍り付いた空気に「28歳の人間が部門を持っちゃいけないなんて話はないだろう?」と言っていただいたので、私は昇進することができました。

 ただ、態度がものすごく大きかったというのはあるでしょう。本当に不遜な人間でした。

 当時は空手をやり込んでいて、拳にはいつも生傷がありまして、なめられたりしないために役立った面があると思っています。あとは、自分がとても弱いと思っていて、いつも強くなりたいと思っていたからでしょう。「強く優しく」は、ずっと私のテーマではあります。

 ただ、やはり独立当初はクオリティがついてきていなかった面があるのでしょう。3か月単位のプロジェクトがエンドレスで続き、1年以上継続することがある反面、価値が出せないプロジェクトもありました。

 そうすると、どうしても無理をせざるを得ず、突貫工事のような仕事も受けてきました。「明日の朝に、あの会社の役員と会うから、こういう考え方でまとめておいてよ」というようなお仕事も頂いていました。「この会社のアジアオフィスの所在を全部確認して、電話して何人いそうか調べられる?」とかね。時差にあわせて電話をかけまくっていた覚えがあります。

 ご発注頂いた方々には心から感謝はしておりますが、こういった無理な仕事は自分の価値のなさの裏返しだったと思っています。

 いろいろとあがく過程でご縁があった大学は引っ張って5年近くやらせていただきましたが、大学2,3年目ぐらいから、クライアントから頂くプロジェクトにフォーカスしたほうがいい状況が続いていました。価値が出るプロジェクトの割合が増えていったからでしょう。「もう1年、もう1年やらない?」という有り難いお言葉を何度か頂いて、ずるずると続けてしまいましたが、逆にご迷惑をおかけした方々もいらっしゃったと思います。申し訳ありません。

 今年、ようやく10期目を迎えまして、なんとか頂いたお仕事でほぼ価値が出るというような状況になってきたと思います。

 そうすると、多くのプロジェクトがエンドレス化してきます。最近は、「できて来年です」が口癖になってきました。たまに、「できて再来年です・・・」と言ってしまうことがあります。お仕事を出して頂いたみなさまのお蔭で、私のクオリティが上がってきたのだと思っています。心から感謝しております。

 ただね、自分の中のエゴと言いますか、野心みたいなものがありまして、どうしてもこのまま小さくまとまりたくないんですよね。編集者の方にはご迷惑をかけ通しですが、ベストセラーを書いてみたいし、もっともっといろいろな問題にあたってみたいわけですね。今の自分にはなかなか満足できないわけです。

 飽くことなき欲望と言いますか、そういうものが自分の中をうごめいている感じがしております。元々エゴが強すぎる人間ですので、自分を優先すると外すことが多いです。だから、クライアントの皆様の成功のお役に立てればといつも思っています。クライアントの皆様の成功を通じて、私がうまくいくという形が理想的なのだと思っています。

 「天国と地獄」は同じ場所という寓話があります。私はこういった話は嫌いですが、自分にはあてはまると思っています。

 食卓に長すぎる箸があり、自分ではご飯を食べることはできない。だから、誰かに食べさせつつ、誰かに食べさせてもらわなくてはならない。天国にいると思っている人々は、感謝しあってご飯を食べさせつつ、食べさせてもらいつつ生きている。地獄にいると思っている人々は自分で食べようとしてご飯を自分で食べることはできない、と。

 こういう話は、本当に嫌いなのですが、自分のこれまでを思うと正しいように思います。要はエゴが強すぎる人に向けた訓戒が私にはあてはまるということでしょう。

 関係する皆様には、ご迷惑をかけ通しで恐縮なのですが、なんとか頑張って、ご要望に答えられればと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。

 
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2016.07.12(05:27)|ブログ雑感コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
こんばんは。伊藤です。メルマガの転載ですが、ブログのほうも定期的に更新していければと思っています。

さて、前回のメールマガジンではかつてない反響をいただきまして、改めていろんな方がいろんな思いで読んでくださっているんだなあと思いました。ご連絡いただいたみなさま、ありがとうございました。今後の参考にさせていただきます。細かいご質問も、このメルマガ上で少しずつお答えしていければと思いますので、少々お待ちください。

それで、「小説を書こうと思ったのはなぜですか?」というのが来ていて、ああ、そんなこともあったなあと思いますので、簡単に書きますね。

大学生の時、好きな女の子がおりまして、その子に「小説書いてるんだ」と、ちょっと偉そうに言いましたら、「読んでみたい」と言われました。その時はそれほどちゃんと書いていたわけでもなかったのですが、読んでもらうのにこれではいかんと思い、ちゃんと書き始めました。月に2、3回でしょうか。作品を書き進めると下北沢のミスタードーナツに2人で集合して、新しい原稿を渡して、前の原稿の感想を貰うというのをやっていました。小説を書くことが楽しいというよりは、その子に会えるのが嬉しくて、ずっと書き続けました。

後に、「普通の女の子はお前の面白くない小説なんざ読みたいわけないだろ?わざわざ時間作って読むか?バカかお前は?」と知人に言われたのは後の祭りではありましたが、10万字以上の作品を書き通すという経験をさせてもらいました。今思えばそうでしょうけど、当時はそういうことはわからない人でした。

「当時は」ではないかもしれません。

つい数か月前ですが、珍しく女性と夜中まで飲んでいて、「終電がなくなっちゃいました。明日は朝早いんですけどねー。」と言われ、それは大変だと思い、「タクシー代出すよ」と言ったら、「家に泊めてくださいよ」と言われ、「ベッドが1つしかないからいつも仕事で使ってるホテルの部屋を取るよ」と言ったら、「私、床で寝ます。大丈夫ですよ。何もしませんから」と言われて、以下省略ですが、全てを察したのは、朝、彼女を始発に送り届けて酔いがさめてからだったという出来事がありました。

酔うと真面目な素の部分が出るんですね・・・。多分、本質的には変わっていないので、いつまでたっても非モテなのでしょう・・・。

さて、気を取り直して今日は昭和経済史のさわりを書こうと思います。ここからはヘビーな内容ですので、ご興味に応じて読み流して頂ければと思います。

それで、戦前は最高に難しいので、まずは戦後について書いていきます。主だった出来事を抑えて、その意味合いを考えていきます。史料確認なしで書いていきますので、何か疑問点あれば送ってください。

まずね、1945年が終戦というか、敗戦ですね。東京は大空襲によって焼野原になりますし、大戦で、多くの死者が出ました。日本人としては200万人~300万人程度と言われています。この日本人には在日の方々も含みます。

敗戦後、米国の占領政策は当初は脱工業化を指向し、工場の解体や財閥の解体などを行いますが、1949年の中華人民共和国の成立、1950年~53年の朝鮮戦争によって大きく転換していきます。それ以前にも日本を反共の砦にするとか、復興に向かう方向性の確認などがGHQによって行われますが、やはり、中国の成立と朝鮮戦争が大きな出来事でしょう。

そもそも、戦争によって弱体化していた日本経済ですが、終戦時にも約7200万人の人口を抱えています。ええ、当時としては大国なわけです。戦争が終わって、焼け野原の復興が始まれば景気はよくなっていくわけです。

阪神大震災の時の復興特需は20年は続いたと業者さんは言います。焼け野原の東京を復興していくのであれば、それはすごい特需に沸くでしょう。

傾斜生産方式によって、戦後復興がなったという説もあるわけですが、私は懐疑的ですね・・・。そりゃあ確かに生産力の回復は重要なのですが、需要がすごい勢いであるわけで、その需要の吸収を大企業、石炭、鉄鋼を中心に行ったことは意味はありますが、傾斜して投資した場合と、そうでなかった場合の差異がそんなに大きいのだろうか?と思ったりするわけです。

しかし、景気が過熱し過ぎてしまいますので、1949年にいわゆるドッジラインによって、景気を沈静化させます。要は実態との乖離が大きくなりすぎる前にブレーキをかけるということですね。

具体的には金融、財政の引き締めを行いました。これによって株価は大きく下がります。

今みたいなポピュリズム的な雰囲気や、政府が景気循環をコントロールできるかのような風潮、株価をベンチマークとして気にする政権の中でこんなことをやったら大事でしょうが、当時はこういうことができたんですね。

景気の過熱が沈静化したところで、都合よく朝鮮戦争が起こります。朝鮮戦争で、米軍は物資を日本から調達しますので、日本は潤いますよね。成金が貿易業者を中心に登場します。また、武器、弾薬などは工場でなければ作れませんので、日本の脱工業化に熱心だったGHQもこの頃には完全に工業化を再度行う方向性になっているわけですね。

実体との乖離は問題になりますが、ちゃんとした生産活動を伴って景気がいいのであれば問題はないわけです。

しかし、朝鮮戦争が終わってしまうと、日本は過剰な生産設備を抱えることになります。ここで、1955年のGATT加盟が効いてくるわけです。戦後は日本の経済力を脅威として捉えた欧米は、脱工業化を強力に主張するわけですが、米国は45年以降、少しずつ日本の占領政策を工業化、反共産主義の砦として活用する方針へと転換していく。

西欧はこの当時は未だに日本を警戒しているわけですが、米国の強い意向によって、西欧への輸出が可能となります。当初は衣服・繊維を中心とした輸出です。戦前から日本の繊維、衣類は強いですからね。

朝鮮戦争、GATT加盟などによる生産能力回復、輸出拡大によって民間消費が回復していく。工業化も進み、いわゆる三種の神器と呼ばれた白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機が飛ぶように売れていくわけです。

しかし、当時の日本は現在の中国のように固定相場制です。民間投資で購入される生産設備は欧米からの輸入に頼っています。欧米からの輸入が増えれば、外貨準備が減少していきます。足りなくなれば調達しなければいけませんが、国家として対外債務は増やしたくない。そうすると、金融引き締め策を講じて、景気を引き締める必要が出てきます。

だから、好景気、不景気を繰り返していくわけですが、私はこれが日本が大きなバブルにならずに成長した要因では?とも思っています。実態と乖離した資産価格の上昇は、バブル崩壊によって資産価値を一気に吹っ飛ばしますからね。これぐらいゆるやかな方がいいかもしれないと思うわけです。

そして、60年代はいわゆる所得倍増計画の掛け声とともに、高度成長が始まります。詳細には触れませんが、1968年には日本がGNP世界第二位になるわけです。この復興の要因は何かをざっくり考えてみます。

私が思うのは、戦前レベルへの回復という要因です。第二次大戦後、貿易額が第一次大戦レベルまで回復したのはいつかと言えば、世界的にも1970年代です。つまり、第一次大戦時に経済は既にグローバルだったわけです。そして、日本の輸出能力も戦前から欧米に警戒されていたわけです。

そうするとね、「世界の貿易水準が第一次大戦時のレベルに戻る過程で、大国の中で最も破壊された日本が、戦後最も急激な伸びを見せた」というのが正しいように思うんですよね。

この大枠での認識があった上で、マクロ政策を見ていくと、意味があったのって、関税障壁ぐらいではないのか?特に、戦後に発達した重工業についての関税障壁ではないか?ということでしょう。

ちょっと、もう長いので今日はここまでにします。次回は60年代をもうちょっと詳しくみて、いわゆる主だった日本のマクロ政策を今日のパースペクティブをもとに見ていこうと思います。

それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2016.07.15(22:12)|メールマガジンコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
おはようございます。伊藤です。

忙しいと言ってはいけないのですが、なんでこんなに忙しいのかはよく分かりません・・・。戦後経済史(その2)はすぐに書くのですが、いろいろ資料を読んでいるうちに、もっとちゃんと書かないといかんと思いまして、のびのびになっています。本当に申し訳ありません。

そして、申し訳ないのですが、今日は宣伝です。宣伝が嫌な人はこの下はスルーして大丈夫です。

「経営戦略勉強会‗2016」のお知らせです!ごめんなさい。

自分のテンションを無理やり上げております!びっくりマークを多用すると元気になる気がしています。頑張ります!

リンクは下記になります!!!
http://taii.jp/2016strategy_landing.html

今回はどういうお話でやるかというと、複数事業前提の経営戦略立案のための環境分析を解説していこうと思います。

私の言うことは「意味がわからない」とよく言われますが、今回は多少実践に寄せます。価値の分析を中心として、単一事業の経営戦略立案のための環境分析から複数事業の経営戦略立案のための環境分析まで連続性をもって解説していきます。

とはいえ、私の勉強会ですので、私が素直に解説する形ではなく、みなさんが頭をひねり続けて、その上で解説となります。土曜日に5時間頭を使いたいという熱心な方のご参加をお待ちしております。

価値とは、コストと比較した便益です。便益とは、機能/ニーズのターゲットに対する意味合いです。この概念を中心にすれば、ポーターの基本戦略も、バリューチェーンもRBVも、全社戦略も簡単に説明ができます!

いや、簡単にというと語弊がありますね・・・。嘘です。ごめんなさい。

ただ、巷で価値価値と、ふんわりと使われているのがどういう概念なのか?ということがわかってくるようにやっていくつもりです。

それで、複数事業の解説までやりたいのですが、それをやっていると1年になりそうなので、とりあえず、6カ月で単一事業前提でやろうと思います。

参加者は10名程度を想定しております。会場はいつもより狭いです。ごめんなさい。

いつも通り、だんだん参加者の方が減っていくパターンだとは思いますが、意欲に満ちた皆さんのご参加を期待しております。

例によって、土曜日に5時間やる想定です。初回は8/27(土)、12時半~17時半、会場は渋谷の予定です。参加される皆さんは本当に勉強が大好きですね!いつも感心致します。
http://taii.jp/2016strategy_landing.html

ということで、今日は宣伝でございました。
次回、真面目に書きます。それでは、次回をお楽しみに。
2016.07.19(09:49)|セミナーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
こんばんは。伊藤です。

私は仕事して走って、仕事して筋トレして、仕事して自転車こいで、仕事してヨガして、というような日々を過ごしておりますが、皆さんはいかがお過ごしでしょう。

さて、今日は久しぶりに「コントロール技法はやめてくださいね」というようなお話を書きます。セールスにしてもサービスにしてもです。私はそういう技法は大嫌いですし、それは長い目で見れば損をします。じゃあ、どうするの?というところの一歩目を書こうと思います。

リーディングという技法があります。人を導くからリーディング。「読む」のほうではなく、「リードする」というほうのリーディングです。

言語でリーディングもできますし、非言語でもできます。

一番簡単なのは、にらめっこのたとえでしょうか。

子供とにらめっこしてみてください。笑いを誘うと子供は笑ってしまいますよね。子供相手のにらめっこはちょっと笑いかける素振りをすれば圧勝できます。

ええ、非モテですが子供には好かれるのです。にらめっこでは負けません。

自分がその表情を作って、その表情が一般的に指す内的な状態を自分に作って、相手とある程度の信頼関係ができていれば、同じ表情を相手もするものです。これは自分で内的な状態を作ろうとしなくても、自然に形成されるものです。それが健常者です。

非モテな私が言っても説得力がないかもしれませんが、本当に相手のことを好きになって、信頼関係のベースがあれば、お互いの好感度は自然に上がるもんですよ。付き合うという決断に至るかは別として・・・。

好きな相手に自然に笑顔を向ければ、相手も笑顔になりません?相手が笑顔を向けてくれば自分も笑顔になりません?私は素直じゃないのでなかなかそうならないですけどね・・・。

こういう意味でのリーディングで、自分がその瞬間に嘘偽りない気持ちならば、相手も同じような気持ちになるというのはわかると思います。何をしゃべっていてもいいんですよ。しゃべっているという事実だけが大事です。

いつでも笑顔の人は好かれますよね。ええ、私はいつも仏頂面をしているので、好かれません・・・。でも、普通の人だったら、心から楽しいとか、うれしいとか、心地よいとかそういう感覚で笑顔でいれば、好かれます。

表情認知が弱く、表情形成も弱く、内的状態の形成も弱いのがいわゆる自閉傾向の人ではあります。いわゆるアスペルガー症候群とかね。そういう人は、気持ちをうまく共有できないんですよね。表情というか、身体表現が同じ気持ちになっていくキーなのですが、その回路が上手く形成されておらず、社会に出て苦労するわけです。

それでね、確かに言葉に想起性はあります。「富士山を絶対思い浮かべないでください」と言われると、富士山は思い浮かぶし、「レモンの果汁がじゅわっと酸っぱい感じ」と言われると、唾が出てくるでしょう。

これもリーディングの一種です。相手の内的状態を導き、身体反応を引き出していますよね。言葉でできてしまいます。だから、相手に買わせることもできる?

いや、そのマインドで形成される内的状態ってどんな状態で、その内的状態から導かれる身体表現、表情ってどんなものでしょうね?

サービスの場面では、相手が心地よくいてほしいなら、自分が心地よくいることです。業務をやりながらも、自分が楽しい状態でいれば、自然と笑顔が形成され、相手も笑顔になります。

人前に立つ仕事ならば、これはまず基本でしょう。私は前に立っていろいろ教えますが、調子が悪い時はなるべく日光を浴びたり、呼吸法を使ったり、ムドラーを使ったり、ティッピングを使ったりと、あらゆる方法で、自分が心地いい状態を作るようにします。そうでないと、相手に迷惑ですからね。

ずっと泣いている人と同じ部屋にいたら、悲しい気持ちになりませんか?ずっと怒っている人と同じ部屋にいたら、怒りが湧いてくるし、疲れますよね。

だから、人前に立つときは、自分の身体表現にみんなが注目していますから、なるべく心地いい状態で立つべきだと私は思います。伝わりますからね。

下世話なたとえで言えば、下心満載の若い男の子が、女の子を自分の部屋に連れて行こうと緊張していたら、それって伝わりますよね?

なんで緊張するか?は場合によりますが、相手と一緒にいて楽しくてしょうがなくて、ずっと一緒にいたいから部屋に行こうならば、いいんですよ。ここに緊張は介在しない。

相手と一緒にいてもさして楽しくもないのに、部屋に連れ込もうとしたりするから、それが自己目的化するから緊張するんじゃないですかね?

サービスだろうと、営業だろうと同じだと思います。相手はメリットがあるから買うんです。

少し抽象レベルが上がりますが、相手にメリットがあるか営業として真剣に考えて、メリットが本当にあって買う判断が自然だと思って、それが相手に伝われば買う気になるのはわかりますか?これが健全ですよね?

以上の議論から、健全でないリーディングのケースが分かる人にはわかるでしょう。自分を完全にだまして、内的状態、身体表現を作れる詐欺師のような人は、確かに騙し売りもできるでしょう。

逆に、コミュ障のような人は、言語だけを信じて騙されたりするわけです。

ダマシオ先生が報告していますが、情動を司る脳の部位が壊れた人は、詐欺を見抜けなくなるというのは有名なケースですね。言葉のロジックしかわからなくなる。そうすると、言葉で騙される。

恋人に嘘がばれるとかありますよね?逆に、男は言葉で女の子をいいくるめてしまうとかありますよね。ロジックとしては同じです。男の身体表現で嘘が女の子にばれるけれど、男が発する言葉の想起性で女の子は信じ込まされてしまうということです。

こういうことを相当真面目に考えていた頃があって。マックスプランクでトマセロと研究していた人に家庭教師をしてもらって、一緒に文献を読んだりしていました。その成果が前にやった「思考についての勉強会」ですよね。

こういうことを踏まえて、セールストークやサービスマニュアルを作ったりしてきました。あくどい要望にもなんとか応えてきました。はい、カネのためです。ええ、仕事ですから。

でも、売り場でちょっとトークを聞けば、どういう設計になっているかすぐにわかってしまうようになってしまいました。それはとても嫌ですね。ええ、サービスやセールスをとても受けづらい体質になってしまいましたね。神様の罰でしょうか。悲しいですね。

ということで、今日はセールスやサービスの基本を書いてみました。セールスやサービスの世界ではこういった正論が通じないようになりつつありますが、真心を忘れないで生きていきたいといつも思っております。

それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2016.07.21(14:45)|セールスコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
おはようございます。伊藤です。先月、バンコクにいってきたのですが、その帰りの機内で書いたメールマガジンにかつてない反響をいただきました。今日はその転載です。

ただ、私には、この文章のどこが、読者のみなさんに響いたのかはまったくわからないんですよね。私は文章は素でしか書けません。私がそのときに表現したいことが出てくる。それは明らかに1つの方向を志向していて、その向かう先もなんとなくわかっているのですが、それがどんな表現をとるかはまったくわからないし、向かう先とはまったく違う内容を書いているわけです。

私の文章は直せないとよく言われました。複雑に折り重なっているので、とても直しにくいのだそうです。独立したころ、「伊藤さんは食い詰めたら文章で暮らせばいいよ」と文章を仕事にしている女の子にいわれたものですが、自分の文章のどこにそれがあるのかもわからなかったし、今でもそれはわかりません。

仕事はコンサルタントというか、クライアントに対してアドバイスをする仕事のはずなのですが、私は根本的には第三者には向いていない。常に当事者でなければいけないと思っている面があるし、冷静にアドバイスするというよりは、メンバーの魂に火をつけないといけない場面のほうが多いと思っています。ただ、なるべくクライアントのリーダーの言葉が魂に火をつけるほうがいいに決まっているのですが、リーダーとなるべき人間の魂に誰が火をつけるのか?といえば、自分なんじゃないかと思ったりするんです。

だから、自分も常に極限にいないといけないと思っています。そうすると、自分を客観視することは難しくなる。情に掉さして流される場所にいることになる。アドバイザーとしての立ち居地ではないようにも思います。ただ、それが私のスタイルではあるわけです。

向いていないことを生業にすることの苦しみというか、せつなさというか、そういうものを感じながらも、こういうかかわり方もあっていいとは思っています。そういうこともあって、下記の文章は私にはよくわかりませんが、読んでくださっている方々の何かに触れたのでしょう。その触れ方はきっといろいろあるのでしょうけれど、前を向いて進んでいける形になるならば幸いだと思っています。

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【バンコクから東京への機内にて。自分を見つめ直して】
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こんにちは。伊藤です。
今、バンコクから東京に向かっている機内でこの文章を書いています。

他にすることもなく、暇なんですね。
東京まではあと2時間もかかるようです。

万城目先生の「バベル九朔」は読み終えてしまったので、何かすることが必要なのです。

今回の出張は、いろいろと自分を見つめなおすいいきっかけになったと思いますので、
自分が社会人になってから思ったことをいろいろと書こうと思います。だから、今回はちょっとつまらないと思います。

ごめんなさい。興味がある方だけ、お読みください。

今年は空前に就職が緩いですね。多分、リーマンショックというかバリパショック以降、最高でしょう。

ここ数年で入社した人たちはバブル期と同様の扱いを受けることがどう見ても明白ですので、また罪作りな時期だよなあと思ったりはしますが、まあいいでしょう。

最近は古典的な日本企業でも本流と傍流が早い段階で分けられますので、本人たちもその自覚が全くないわけではないでしょうから、彼らはきっと自衛に励む人々になるでしょう。いい意味でも、悪い意味でもね。

私は大学で全く勉強せず、知的訓練がなされなかったにも関わらず、コンサルティングなどという知的職業についてしまい、大きな苦労をしました。大学でレポートや論文を一生懸命書いていれば、それほど苦労しなかったのですが、レポートは映画批評や文学批評ばかりでしたし、論文はまともに書いていません。

レポートとは、他人の設定した論点への解を考えるものであり、論文とは、自分で論点設定をし、その論点の必然性を論じた上で、解を出していくものです。

コンサルティングでは、クライアントの問題意識に合わせながらも、クライアントの論点設定に対して疑いをもち、論点を修正しつつ、解を出していくものです。だから、大学の論文作成とやっていることは非常に近いわけです。必要とされるスキルが近いことも理由の1つとして、彼らは高学歴を採用するわけです。

実際にどうなっているかは別として、修士課程では、自分で自分の課題設定をしないといけないはずですね。その訓練ができているはずだから、修士卒やポスドクなどがやたらとコンサル業界にはいるとも捉えられます。

新卒時の研修は、チーム間競争で、事業戦略を考えるものでした。見事に私のチームは優勝しましたし、私はストーリーをほぼ自分で考えたので、高く評価してもらえると思ったのですが、そうもいきませんでした。パートナーの人間がファクトを扱う能力があり、それが優勝に貢献したという見方だったようです。彼の評価が高く、私の評価は低かったわけです。

私は大学では、サッカーに明け暮れたし、レポートも偏ったものばかり書いていましたが、小説をたくさん書いていました。だから、文章を書くのは早い。そして、ストーリーを構築する能力も訓練はされていたのです。しかし、それを文章にせずに伝える能力が弱かったですね。ミーティングの議論では、どう考えてもおかしな相手のコンテクストに対して、なかなかおかしな点を言えない。まあ、それは今でも気を遣うとそうなると言えばそうなるので、あまり変わっていませんけどね。

それとね、相手が見えていないものが何かはすごくよくわかるのですが、そもそも相手が何が見えていないかを伝えるのは非常に難しいわけです。小説家はそれを伝えるのに1作品を費やしてしまうぐらいですからね。自分が見えていないものに気づかないのは普通のことですし、「ここが見えていないよ」と言われて、現状ではそこを組み上げる部品を持たないのですから、言われても何を言われているのかはわからないものです。

だから、その見えていないものを見せるのに、通常はプロジェクト全体を費やすわけです。100枚以上になるPPTの資料は、相手が見えていないものを見せるための手段なわけです。

よく「1枚にまとめるのがいい!」とおっしゃる方がいますが、1枚で見えていないものを見えるようにする紙があるなら知りたいですね。そんなものは存在しません。背景が完全に共有され、そもそも等式変形的に至る結論が明白な場合にのみ、そのようなことが可能でしょう。いわゆる構文的ロジックのみが必要な場合というやつです。

MECEやらロジックツリーなど、小手先のコンサルティングスキルや、小手先のマーケティングなどが好きな人々は、構文的なロジックしか知りませんし、それで普段は十分ですからね。「論理的ならばわかる」みたいな主張をする人たちです。見えていないものは「論理的に」言ってもわかりません。彼らの「論理的」は間違いなく構文論ですね。

ミンツバーグの言う「認知的に遠い機会」などを認知させるには、どうしても長い時間が必要です。私はそれをクライアントに認知してもらうことで、おカネをもらっている面があるのですね。私のアドバイスは基本的にクライアントが認知できれば大きく変わる可能性があることに基づいて構成されています。

私が教育適性があるのも、上記のロジックを使っているからです。その「相手が気づいていないこと」に気づかせるための勉強をどのようにすればいいかが見えるわけです。だから、教育効果は高い。プロジェクトと同じことをやっているわけです。

そうすると、私はカネを貰わずに他人に会ってはいけないんですよね。私の特性を理解している相手は、自分がいま見えていないことは何か?と考えながら私と話をし、いろいろと勝手につかんでしまう。それを無償でやっていては食べていけないわけです。

デザインや芸術の領域では、文章とは違って、少しの時間でもいいかもしれない。雪舟の水墨画の展示を見終わってからの帰り道、木々の存在感が妙にあって不思議な気分になったというエッセイをどこかで読みましたが、高いレベルのデザインや芸術にはそれを問答無用に伝えるパワーがあるかもしれません。しかし、文章でそれをやるのはとても難しい。

そして、芸術家はそのパワーが何かは自分自身ではよくわかっていないですね。

自閉症傾向の写真家の方がいましたが、その人が撮る世界はほぼ死の世界というか、オブジェしかない世界でした。生命感というか、みずみずしさが全くない写真しか撮れない。「ご飯を美味しそうに撮るのが苦手で・・・」と言っているのを聞いて、苦手というより、生命感のない世界しか撮れないんだから当たり前でしょう?と思いました。本人は自分が自閉症の傾向がある自覚がなかったので言いませんでしたけどね。

しかし、その人の写真は強烈に怖い。生命がすべて剥ぎ取られた写真を撮るものだから、「人間の手」をとってもオブジェに見える。森を撮っても、化け物すら存在できない死の森というか、生命を削ぎ取られた、化学物質でホルマリン漬けにされたような森になる。それはそれで芸術的ですし、見た人は恐ろしさを感じるし、生命と非生命の境目って何だろう?というような問いを投げかけるような作品ですから。

その写真を見ると、世界がやや無機的に見えるわけです。ええ、それがその写真家の方の作品のパワーなわけです。そんな世界に生きている人も怖いですけどね。

さて、こんな自分の特性を初期にわかるわけもなく、それをうまく生かすこともできずに、30歳までこんなことをやっていたら死んでしまうと思い、私は事業会社に移ります。

新卒研修で大した能力がないと思った人が評価されるのにも気が滅入ったからでしょう。「あの程度の能力で評価される世界って何?」と思いました。ストーリー構築能力はあんまりあるわけではないのですが、下っ端のうちはファクトを丁寧に扱う能力が評価されますからね。

しかし、事業会社でもなかなかうまくいかない。上司とはいつもぶつかり、しまいには干されていました。しかしですね、暇そうな私に仕事をくれる人が出てくるわけです。そこで仕事をひたすらにやり続けることで、自分なりの社内でのポジションを確立していくわけですね。ジョブディスクリプションではなく、「伊藤さん」という立ち位置で仕事をやるわけです。そのうち、ご指名で仕事が来るようになっていくわけです。気づけば最年少の部門長でした。

独立は既定路線でした。そもそも独立したかった。自分の好きなようにやって、自分の気が済むようにしたかったのです。そして、事業会社時代に私の近くにいる人が、多分、独立したらみんな離れていくだろうなあという見込みを持って、独立してみました。

案の定、甘い言葉ばかり言っている人々は離れていきましたね。所詮、人は利用しあうものなのだなあと思いました。それでも、私から去らなかった人や、助けてくれた人については、絶対に不義理はしてはいけないと思っています。

事業会社時代には私はものの数十分でいろいろな提案や報告を書いていました。会社のことは考え抜いていたし、事実としての数字はほとんど抑えていたので、楽勝だったわけです。それを知っている元同僚の人たちは、「飯をおごるぐらいでいいじゃん。やってよ」と独立後に言ってきましたが、そういう人たちからは離れないといけませんでした。そんな仕事をやっていては身が持たないし、食べていけません。

そういう人たちを振り切って、駒場の図書館でひたすら本を読んだり、フットサルをしたり、ブログを書いたりして過ごしました。当時の私の体重は77キロ。もはや不健康の塊でしたから。

と、そろそろ東京に到着するようです。いつかこの続きは書いてみようと思います。ご要望があれば、ですけどね。要望はこのアドレス宛にお願いします。全てに返信はできませんが、全て目は通しています。

多分、今日は面白くなかったですね。すいません。次回は「昭和経済史」をやるやる詐欺にせずに書こうと思います。

それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2016.07.22(16:50)|読み物コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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・過去に人類が考えてきたこと(Thought)を蓄積し、そこから鋭い洞察(Insight)を生み出し、その洞察がまた、Thoughtの一部になっていくプロセスを回していくこと。そのプロセスが社会のナレッジ量を増加させ、全ての価値を生み出すことを認識すること

・先人の知恵に対する敬意を払い、学び続けること。ナレッジの自己への入力量が自身の考える能力を向上させ、社会のナレッジ量を増加させることを知ること

・社会のビジネスナレッジの偏在を正すことを目指すこと。そのために社会の構成員であるクライアントに対してビジネスナレッジを提供すること

・ビジネスナレッジの偏在を利用する悪貨たる企業を駆逐する良貨たらんとすること。そのために偏在を利用する企業以上のマーケティング力を持つこと。そして、提供したナレッジに見合った対価をクライアントから頂き収益を上げ、成長していくこと

・社会に対する志を持つ企業、個人をクライアントとすること。例え儲かるとしても、志を持たない企業、個人をクライアントとしないこと

・クライアントの成長を望むこと。具体的な解の提示よりも、その解を出すプロセスをシェアすることにより、クライアント自身がプロセスを組みなおし、異なった解を出す力を増加させることに重きを置くこと

・抽象的な理論のレイヤから、クライアントサイドの具体へと寄っていくこと。ただし、その過程でクライアントにも具体のレイヤから抽象のレイヤに寄ってもらうこと。その上で、中間のレイヤでクライアントと共に新しいナレッジを生み出していくこと
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