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 研修はあんまりやらないのですが、実績として出せるのは研修ぐらい。コンサル実績を出すのは、秘密保持上まずいです。というか、けっこう「IT企業、事業戦略」とか出している会社がありますが、クライアントの許可を取っているんですかね・・・。多分、これぐらいなら取らなくていいか、という感覚ではないかな、と。

 でもまあ、ロジカルシンキングについて、いろいろと考えるお仕事はあります。それに付随して、大学の頃学んだことを見返す機会もあり、いろいろと思うところもありました。

 現在のロジカルシンキング教育の問題点は、ロジカルシンキング教えても、あんまり効果ないよなあ、と思っているビジネスプランニング関係者が多いこと。そして、実際に使えないカツマー的な人が増えているような気すらする。

 いいプランは、実行すると儲かるプランですが、何かしら新しいことを試していかないと、結局は埋もれて、儲からなくなっていきます。常にすこしずつ、新しい試みを試していかないといけない。

 新しい発想は常に必要です。でも、なかなか新しい発想をもって、ロジカルに考えることができている人が見当たらない。及び、ロジカルシンキングを教えているのに、人が言っていることがわからない若手がいる。あまつさえ、自分のわからないものを非論理的と断じる若手すらいる。

 これはどういうことだろう?

 といったビジネスパーソンが日々感じる疑問に対して、いくつかポストしたので、その振り返りです。

①ロジカルシンキングは操作主義。操作対象となる経験の情報量が少なければ、力を発揮しない。逆に経験の情報量が多いのに、ロジカルシンキングを知らない人がいて、その人が学んだらすごく効果がある。

②大学時代に購入した書籍を読み返して、いかに読めていなかったかを反省。オートポイエーシスの本を読んだ時に、「こんな詩的な文章は読めない」と思ったが、今読むと非常に論理的に書かれていることに気づく。まともな人の文章を詩的と批判するのは簡単だが、おそらく読めていない・・・。

③大学時代に買った本はたくさん処分してしまったが、今残っている本を読むだけでも価値がある。大学生の頃は、全く読めていない。わかった気になっていたが、全く読めていない。専門書を一冊読むだけでも本当に骨が折れる。

④ロジカルシンキングは操作技術ではあるが、その操作がままならない人が多いのも事実か。大学入試ですら記号読解というやり方が使われている。大学では、操作がままならなければ全く読めないレベルの専門書が相手なのに。ビジネスでの初歩的なロジカルシンキングもできないなんて恐ろしい。

⑤先日、フレーム理論の既存言語の記述を詩的と批判している人がいて、その気持ちが一ミリもわからなかったが、まさに自分の学生時代の読書時の気持ちを思い出せばよかっただけなのだ・・・。まさに、読み手に力を要求する高度に論理的な文章は本当に詩的に見えるのだ・・・。

⑥「論理的=わかりやすい」ではない。この点は徹底的にビジネスパーソンに誤解されていると思う。読み手は「未知のもの」について語られた文章は操作できない。前提知識のインプットにより、その全体像のおぼろげな理解がないと全く文字を負うに終始し、意味がとれない。

⑦意味を取れたと思っても、それは自分の既知のものに引き寄せて、意味が取れた気になっているだけの場合が多い。ただ、意味が取れた気になると、感動する場合もある。意味を取れるよすがすらない場合は、「詩的」とか、「非論理的」といった批判の対象となる。

 ちょっと解説をしていきましょう。

 基本、自分の中にあるものを、外に出す時に、自分に、人に伝わるように加工し、関係性を記述する技術をロジカルシンキングと言います。が、自分が全くわかっていないことについて、述べようとしても述べられません。サッカーを一度もやったことがない人が、サッカー技術について書かれた本を理解するのは相当な苦労を要します。

 そして、言ってることの全てがわかるものでもないでしょう。

 それは、指し示す対象の経験量が圧倒的に不足しているからです。当たり前ですよね。

 でも、この当たり前が認められるのに、ビジネスでロジカルシンキングがわかれば、いい企画が作れるという思い込みがあるのが、よくわからないです。

 知らないことについて、語ることは非常に難しい。類推する能力によって、アナロジーを駆使して、わかったような感じになることはできるかもしれませんが、所詮アナロジーです。

 ビジネスでの経験が薄い人間が、ロジカルシンキングだけ勉強しても、経験の薄さはカバーし難いのですね。

 それどころか、しらないことに関して、書かれたことの論理性の判断も、基本的にはできません。当たり前です。サッカーにおいて、こうだから、こうすると言った時に、全ての前提を言語化することは不可能です。書かれていない前提も当然存在する。それを、経験していない人が全て了解するのは不可能です。

 フレーム理論について、知らない人、考えたことがない人、それを了解するための情報量がない人が、いくらその問題について書かれたことを読んでも、全く理解できません。

 そういうことを知らずに、「ロジックがわかればわかるんだ!」という思い込みがある人は、そういった自分がわからないものを「非論理的だ!詩的だ!」と批判する始末です。ビジネスパーソンはこういう形而上学的知見に対して、あまりに無知ですね・・・。

 逆に、感動することも完全な理解ではありません。

 なんとなくわかった。分かった気がする、という感覚と、感動がおそらく近いのだと思います。

 これは、私の経験でもあるのですが、たまにセミナーをやります。やると、何人かは感動しました!といいに来てくれます。とてもありがたいのですが、話しを聞くと、必ずしも理解がすごくできているというわけでもないのです。なんとなく、本人なりの理解があった、というところなのですが、感動した!とおっしゃる。

 私は一時期、この現象に悩みました。感動したと言っている人も充分に理解してくれていない。全く意味がわからない、クオリティが低いと批判する人は、一ミリも理解できていない。理解できている人は、そんなもんですよね、ぐらいで特に感銘も受けていない。

 でも、これは当たり前なのです。人にはそれぞれ、固有の経験に基づく価値体系がそれぞれの中にあって、それが提示されたものの理解に大きな影響を与えます。

 完全な理解は、既に価値体系を形作っているものと、ほぼ同じだということです。新たな情報量がほぼない状況。

 感動は、半端な理解ですが、自分の価値体系の変容をもたらすぐらいのインパクトがある場合。

 批判は、提示された体系が、本人の中にある価値体系と重なり合う部分がほぼなく、全く理解できない状況である場合なのです。

 こんな当たり前のことに気がつかなかった自分もすごいですが、まあ、気がついたからいいか、という感覚です。

 ビジネスでは、日々、考えながらやり続けることが大事です。考えるだけでも片手落ち、実行するだけでも片手落ちなのです。その時、ロジカルシンキングは有用な場合が多々ありますが、経験なしで経験量を増やすものではありません。

 経験の時の、問題点に意識をフォーカスすることで、意味ある経験量を増やすかもしれませんけどね。

 さて、今日の内容はちょっと難しいですが、受け取って頂けましたでしょうか?

 このようなビジネスナレッジがあなたのビジネスライフに資することを心より祈ります。それでは次回をお楽しみに。
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2010.04.04(13:33)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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