今日は、不快を感じたとしても努力していかないと制限時間がなくなるよ、というお話。制限時間があることを自覚することが充実した時間を作り出すよ、というお話です。
現有の情報量では、できないことってあります。やまほどね。なぜできないか?情報が足りないから。どうやればいいかわからんからです。やりたくてやり方がわかってりゃ、やるでしょ。
で、その情報量を増やす過程において、不快感は必ず出てきます。これまでの情報量の空間のほうが心地よいわけです。人は変わりたくない。その変わらないままで得られる情報量が増えるかというと、残念ながら増えない。
情報量を増やすためには、不快でもふんばっていく努力が大事ってことです。その不快に負けて結局元のままで生きていきたいというお子ちゃまは勝手にしてくれ、とは思っております。そのまま人生終わるから。
つぶやいた内容を書くと、
①何かしらやってみないと、自分の世界は広がらないよ。試行錯誤が重要。ただ、何も考えずにやってみても、改善するポイントなんてほとんど見えてこない。ただやっているだけの状態になる。
②快も不快も引き受けないとね。快だけを感じようとするとだんだん不感症になっていくよ・・・。
③心が大きく揺れるのが問題なんじゃないよ。それを不適切な形で他者に表現しまくってしまうのが問題なの。感じることが悪いんじゃない。
④努力せずになんとかしようとしても、どうにもならない。が、努力をしないでなんとかなるように必死に考えているのが既に努力だろ・・・。努力せずに何とかなればいいな、と思いつつ、ただ待っていると人生の制限時間がやってくる。まあ、それはそれで人生だけどね。
⑤今を充実させるには、終わりの時間を自覚すること。今日が最後の日であってもいいように生きること。最後の日だと思って目の前の世界を見てみればいい。きっと、全く違って見えてくる。全く違った意味合いを帯びてくる。
⑥今日が最後だと言われても、俺は生きたいけどね。あがきたい。最後の最後まで。この世界の奇跡を全身で感じたい。死のフレームが発動しているからこそ、そう思うのだろうけど。
⑦制限時間を自覚するのは、近しい人の死に直面した時でしょ。近しい人の死を体験しにくい時代かもしれないけどね。でも、みんないつかは過去に流されていくのよ。終わらない今が終わるのよ。
解説していきます。何かしらやってみるのは大事です。現在の自分の世界を揺さぶるために。たいていの人は何もしません。やってみることを恐れて、それを正当化する理屈ばかりをこねていきます。まあ、それはそれで人生です。
でね、うまく行ったときの気持ちよさというのは、ずっとは続かない。誰でも何かしら気持ちよかった経験はあるでしょう。でも、それだけを求めていても、そうはならずに、快と不快は繰り返すものです。
ただ、意外と不快を感じた時の人間と言うのは、そういうものを原因として不適切な行動をとってしまうものです。不快を感じて、周りに当たり散らす人もいます。
この時の問題としては、不適切な形での表現が問題であって、別に不快を感じてしまうことが問題ではないです。むしろ、こういう不快さを楽しめるようになるぐらいになってほしいもんですが、なかなかそうはならないですね。慣れの問題もあるかと思います。
ただ、ほとんどの人は努力しない。そして、人生の制限時間を迎える。それはそれで人生ですが、それで面白い?と聞きたくなります。ふんばって無理する時間は必要よ。そして、楽しいよ。よっぽどの天賦の才かよっぽどの強運がない普通の人の場合は特にね・・・。
ただ、死ぬかもしれん、と思うと、だいぶ変わるよ。今日が人生最後の日だとしたら、と思いながら生きてみると世界が全然違って見えてくる。情報量が変わってくる。今までどれだけ自分が自分の能力を眠らせてきたか気づく。普段歩いている道でも、もう見ないかもしれないと思うと、今まで気づかなかったいろいろなものが見えてくる。
生きるということを中心に世界を見ると、五感が研ぎ澄まされるのを感じると思います。今までどれだけ自分の感覚を眠らせてきたんだろうと思うぐらいに。
でも、こういう感覚にはなかなか入らない。みんな長寿になってきて、おじいちゃん、おばあちゃんも長生きで近親者の死に直面する経験も減ってきているし。私はたまたま近親者の死に子供のころから何度か直面したけれど。
世界は奇跡に満ちているよ。自分だと思いこんでいる自分が矮小すぎるぐらいに。実は自分だと思い込んでいたそんなものは自分ではないんだけれど。
一歩を踏み出してごらん、と言いたい。過去に囚われた人生を送るんじゃなくて。過去に安住し続ける人生を送るんじゃなくて、これまでと違う「いま、ここ」を作り出すためには、不快を受け入れるふんばり、とにかくなんでもやってみるという努力が大事だよ。
年を取るとどんどん変われなくなる。若い時に変わることを成功体験にできるか?で人生の彩りは全然違ってくるはずだよ・・・。
現有の情報量では、できないことってあります。やまほどね。なぜできないか?情報が足りないから。どうやればいいかわからんからです。やりたくてやり方がわかってりゃ、やるでしょ。
で、その情報量を増やす過程において、不快感は必ず出てきます。これまでの情報量の空間のほうが心地よいわけです。人は変わりたくない。その変わらないままで得られる情報量が増えるかというと、残念ながら増えない。
情報量を増やすためには、不快でもふんばっていく努力が大事ってことです。その不快に負けて結局元のままで生きていきたいというお子ちゃまは勝手にしてくれ、とは思っております。そのまま人生終わるから。
つぶやいた内容を書くと、
①何かしらやってみないと、自分の世界は広がらないよ。試行錯誤が重要。ただ、何も考えずにやってみても、改善するポイントなんてほとんど見えてこない。ただやっているだけの状態になる。
②快も不快も引き受けないとね。快だけを感じようとするとだんだん不感症になっていくよ・・・。
③心が大きく揺れるのが問題なんじゃないよ。それを不適切な形で他者に表現しまくってしまうのが問題なの。感じることが悪いんじゃない。
④努力せずになんとかしようとしても、どうにもならない。が、努力をしないでなんとかなるように必死に考えているのが既に努力だろ・・・。努力せずに何とかなればいいな、と思いつつ、ただ待っていると人生の制限時間がやってくる。まあ、それはそれで人生だけどね。
⑤今を充実させるには、終わりの時間を自覚すること。今日が最後の日であってもいいように生きること。最後の日だと思って目の前の世界を見てみればいい。きっと、全く違って見えてくる。全く違った意味合いを帯びてくる。
⑥今日が最後だと言われても、俺は生きたいけどね。あがきたい。最後の最後まで。この世界の奇跡を全身で感じたい。死のフレームが発動しているからこそ、そう思うのだろうけど。
⑦制限時間を自覚するのは、近しい人の死に直面した時でしょ。近しい人の死を体験しにくい時代かもしれないけどね。でも、みんないつかは過去に流されていくのよ。終わらない今が終わるのよ。
解説していきます。何かしらやってみるのは大事です。現在の自分の世界を揺さぶるために。たいていの人は何もしません。やってみることを恐れて、それを正当化する理屈ばかりをこねていきます。まあ、それはそれで人生です。
でね、うまく行ったときの気持ちよさというのは、ずっとは続かない。誰でも何かしら気持ちよかった経験はあるでしょう。でも、それだけを求めていても、そうはならずに、快と不快は繰り返すものです。
ただ、意外と不快を感じた時の人間と言うのは、そういうものを原因として不適切な行動をとってしまうものです。不快を感じて、周りに当たり散らす人もいます。
この時の問題としては、不適切な形での表現が問題であって、別に不快を感じてしまうことが問題ではないです。むしろ、こういう不快さを楽しめるようになるぐらいになってほしいもんですが、なかなかそうはならないですね。慣れの問題もあるかと思います。
ただ、ほとんどの人は努力しない。そして、人生の制限時間を迎える。それはそれで人生ですが、それで面白い?と聞きたくなります。ふんばって無理する時間は必要よ。そして、楽しいよ。よっぽどの天賦の才かよっぽどの強運がない普通の人の場合は特にね・・・。
ただ、死ぬかもしれん、と思うと、だいぶ変わるよ。今日が人生最後の日だとしたら、と思いながら生きてみると世界が全然違って見えてくる。情報量が変わってくる。今までどれだけ自分が自分の能力を眠らせてきたか気づく。普段歩いている道でも、もう見ないかもしれないと思うと、今まで気づかなかったいろいろなものが見えてくる。
生きるということを中心に世界を見ると、五感が研ぎ澄まされるのを感じると思います。今までどれだけ自分の感覚を眠らせてきたんだろうと思うぐらいに。
でも、こういう感覚にはなかなか入らない。みんな長寿になってきて、おじいちゃん、おばあちゃんも長生きで近親者の死に直面する経験も減ってきているし。私はたまたま近親者の死に子供のころから何度か直面したけれど。
世界は奇跡に満ちているよ。自分だと思いこんでいる自分が矮小すぎるぐらいに。実は自分だと思い込んでいたそんなものは自分ではないんだけれど。
一歩を踏み出してごらん、と言いたい。過去に囚われた人生を送るんじゃなくて。過去に安住し続ける人生を送るんじゃなくて、これまでと違う「いま、ここ」を作り出すためには、不快を受け入れるふんばり、とにかくなんでもやってみるという努力が大事だよ。
年を取るとどんどん変われなくなる。若い時に変わることを成功体験にできるか?で人生の彩りは全然違ってくるはずだよ・・・。
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