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インサイト100シンキングメソッド
> 文部科学大臣の発言をきっかけに、多少真面目に教育について書きます
おはようございます。伊藤です。

文部科学大臣が
「教育の質が低下し、それが就職難につながっている」
とおっしゃったそうで・・・。

ピントがずれてるなあ、と思うわけですが、
ただ、大学関係者のほとんどもピントがずれているように見えるので、
いつも書いていることですが、
今日はそういったことを書いてみようと思います。

でね、何をもって質とするか?ということを見てみようと思います。
そうするとね、質が『低下』とおっしゃっているので、かつては質が高かったと
主張されているのですね。

じゃあ、かつての大学教育に戻せばいいのか?というと、
戻したら、更にわけがわからなくなるでしょうね。大学進学率が10%とか、
そういう時代に通用した手法は、今の偏差値50ぐらいの大学には絶対に
あてはまらないでしょうね。

教員の質の低下を主張される方もいらっしゃいます。
そりゃあ、大学を増やせば、教員の質は下がる可能性はあります。
が、昔と違って、FDもそれなりにやっていますからね・・・。

私が大学を横目で眺めていて、強く感じるのは子供の変化、親の変化ですよね。
そんなん当たり前だと思われますか?

そのわりに、教員、職員にすべてをなすりつけるようなお話も聞きますけどね・・・。

その子供の変化、親の変化があった上で、
大学入試制度がそれほど変わらなかった。でもね、その間に学習塾はものすごく変わった。
大学入試制度に最適化したんですね。収益的に最適化したのが、最悪なんですけど、
そういう変わり方をした。

そうすると、大学では、因果関係すらまともにわからない大学生が大量に入学し来ることに
なったわけです。

でね、子供はどう変化したか?と言いますと、自然と触れ合わなくなった。外で遊ばなくなった。
これは「外が危ない!」が大きいですけどね。

そして、集団形成をしなくなった。子供グループが昔ほど強くない。
そして、一人っ子が多い。

たとえ、集団があったとして、しゃべらないわけです。
集団登校をする子供が黙々と歩いていたりします・・・。こわいなあ、と
思いますけどね。

そうするとね、体験量が減っている。集団の中でのアクションとフィードバックの関係、
自然を観察する中でのアクションとフィードバックの関係が減少してしまっている。

ゲームがもっともっと進化すれば、現実に近いゲームができるのかもしれませんが、今のゲーム機は、
相当進化して、相当リアルだとはいえ、まだまだ現実には遠いでしょうね・・・。

そうすると、原体験の量が減っていると、体験を概念化して操作することができない。
すると、言語を教えても、小さな情報量での言語処理しかできない。操作ができない。
一連の情報として物事が捉えられない。

そういう子供に、一問一答やら、ごろ合わせやらで、単発の知識を詰め込む。
まあ、いまどきの子供が出来上がります。薄っぺらい認識を披露することしかできない
子供の出来上がりです。

東京都が理系の人が欲しいと言って、面接試験だけにしたようですが、
論文は残さないといけませんよね・・・。優秀そうな方がヒアリングに来ていたのに、残念です。

数千字を書かせれば、一連の情報として物事を捉えられているかは
すぐにわかりますよ。情報処理のキャパシティーが小さい人は、論理矛盾を起こしても平気なことが多いですからね・・・。

でね、学習塾が洗練されてしまって、大手化して、大学生をアルバイトとして使い、
目先の点数だけを取ることに特化している。そういうことを子供のころにやるとどうなるか?というと、
情報処理のユニットが小さい子供が出来上がる。そもそも大学生が一連の情報として物事を深く捉えられているか?というと、
相当疑問ですね。

むしろ、小さな情報単位で教えてわかった感を出すと、小テストでちょっとだけ点数がとれて、
子供も親も大満足!というせつない状況が出来上がります。

敢えて言いますが、親って阿呆なんですね。親ばかってよく言いますけど・・・。(違うか)
自分の子供の頭を悪くして、点数を上げて喜んでいる・・・。いやあ、切ない。

現行の入試制度が維持される限りにおいて、仕方がない面もあるわけですが、
親がすべきなのは、ギリギリまで、点数を取らせる勉強はさせない。ギリギリの段階で、塾に入れて点数の取り方を
教える。それまではできるだけ遊ばせる。友達と外で遊ばせる。そこが重要です。

小学生を机に向かわせて学習習慣をつけると成績が上がると主張される学習塾もありますが、
大嘘ですね。これ以上、日本の宝をダメにするのをやめてくれ、と思ったりするわけです。

こういう状況の中で、大学生が変わってきてしまっている。その中で、じゃあ、どういう大学教育があるのか?

これね、相当むずかしいわけです。原体験の量が減っているわけですから、
集団の再構築が必要だし、それを大人が見守るシステムが必要だし、言語教育以前の部分の学習が必要で、
その上で、高校までの知識との結びつきを作らないといけない。

予備校の教師を大学に呼んだところで解決しないわけです。
大学から予備校に講師派遣でカネが流れていますが、カネの無駄ですね。

そうすると、高校生を変える施策を打つほうが生産的な面もあります。
大学教員が、高校一年生に教育指導要領を踏まえるけど、アドバンスな内容を実地で教えるとかね。
実験などの思考の原体験に近いものがある科目は大学教員が教えられたらそのほうがいいと思います。

だけど、今の大学生を見捨てるわけにもいかないですから、
私が主張するのは、遊ばせて、その体験を言語化するようなカリキュラムを大学1年生~2年生などでがっちり
やらせるということです。基礎ゼミナールというようなものがあるんですが、そういうものを一歩推し進めて、
言語学習以前の体験と、言語の結びつきをしっかり作るような教育をする。

以前、缶けりを大学生にやらせたら、まあ、頭の固い方々の猛反発がありまして・・・。
大学らしからぬ!とね。

でもね、聞きたいんですよ。そういう方に。
学生に言葉が通じていないのがわかっていますか?と。

一連の情報として、人間が積み重ねてきた知を伝えようとしている志には感服いたしますが、
それを受け取る脳の回路が形成されていない大学生が大量にいるんですけど、どうするの?と。

言語の学習だけでそこをやるのは無理じゃないですか?と。

自民党に政権が戻ったとして、保守的な方々は、大学教育を昔に戻せばいいんだ!とか
言いそうです。でも、そりゃ違いませんか?と言いたい。

受験勉強で教えるのがうまい予備校の人気講師に授業をやらせよう!というのが
いいと思いますか?

思いませんよね。

ひどい話でいえば、公共事業で区が出している塾向けのFDの仕事をこなしているのは、
学習塾から派遣された大学生であることもあるんですよ?わかってます?
これ、会計検査院は指摘したほうがいいんじゃないですか?

話を元に戻すと、
受験を変えるのが、クリティカルだし、それをきっかけに教育改革が必要ですが、
まあ、抜本的な改革なんてなされないので、私は大学で対処療法をするわけです。
悲しい笑いが込み上げて来ます。はっはっは、と。

この中で自分が何ができるか?を日々問うています。

社会接続をうたった事業で、大学に入り込んでくるのは、まともな社会接続にもならんような
現役ではない人ばかりだったりもします。これが本当に社会接続かなあ、と思いつつ、
まともなグローバル企業の第一線で活躍する人をゲストにして授業をやってます。

そして、学生に遊びと思考を教えるような合宿を企画したりしています。
まあ、孤独ですわな。

長くなったので、このあたりで。
それでは次回をお楽しみに。
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2012.11.03(08:22)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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