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> スクールカーストから遊びまで
おはようございます。伊藤です。
東京はまた雪の模様ですね。
この前よりはいいみたいですが・・・。

さて、今日は教育と社会のお話です。

「スクールカースト」というやつを
聞いたことがあるでしょうか?

今の学校の教室にはスクールカーストがある、
と指摘している教育学者、社会学者がいます。というかけっこう多数です。

それは何か?とシンプルに言えば
コミュニケーション能力によるカーストです。

そして、それは家庭教育レベルを如実に反映する
カーストです。しかも、抜けられない。カーストチェンジはない・・・。
輪廻転生しても繰り返すと思えるほどに恐ろしい圧力を持っています。

現在のライトノベルって、『バトルロワイヤル』以降、
クラスメイト同士で殺しあったりする展開が多いようです。
いわゆる教室内サバイバル的なお話です。

それでね、40代以上の人にはそれはピンと来ないのでは
ないか?と思うわけです。

40代以上の人にとって、クラスは画一的同調圧力の強い場で、
そこから外れることは問題な場であったのでしょう。

そこでは、全員が戦いあうという発想よりは、
教室が遭難したら、みんなで協力して困難に立ち向かう
ストーリーになるはずです。当然、時に離脱する子供もいるでしょうけど。

ただ、現在のクラスは、カースト維持圧力の強い場であり、
カースト内での同調圧力と、カースト間の身分固定化圧力が同時にかかる
複雑な場です。

するとね、教室が遭難したら、カースト間で戦いになり、カースト内で協力か裏切りか?
になるわけです。

すると、クラス内バトルロワイヤルがあり得るわけです。

これね、いつがきっかけか?といえば80年代の悪名高い臨教審から説明するのが
常套手段ですよね。

いわゆる個性の教育の開始です。

個性の教育の開始から、生涯学習やら、学習主体としての子供やら、
そういう概念が入ってきて、子供は個性をベースにみんなで仲良くはしなくなった・・・。
モロに出身階層、家庭の暮らし向きが似た連中でグループを作るようになった。
当初はそれがグループだった。

それが、どうも現在では身分として固定化され、カースト化したようなのです。

それでね、なぜ、コミュニケーション能力をベースとしたカーストが生じるのか?
コミュニケーション能力とはなんなのか?というところが疑問として残ると思います。

教員の間でも有名ですが、
かわいい女の子のコミュニケーション能力は高い。なぜか?
みんながよってきて、コミュニケーション機会に恵まれるからです。

でね、今時は子供服のブランドがこれでもか!とありますよね。
着ているものや、いろいろなイベントへの参加機会は、もろに親の収入レベルに
比例します。そういう子供がちやほやされる・・・。

でね、もしも、学校空間が個性の教育でなければ、そういう格差があったとして、
別にまったく関係がないのです。普通に授業やるだけですから。

でも、個性の教育と称して、学びあいの授業とかをやるとどうなるか?

当然、そういった家庭の収入レベルのアドバンテージが強く出てきますよね・・・。
そういう時間が長くなればなるほど、カースト化の傾向が強く出るというのはわかる話では
あります。

以前は、
家庭教育、地域教育が一つの軸としてあり、それは格差固定的であり、
学校教育が、人類の叡智を教えるための積み上げの場としてあり、それは格差とは関係ない
学問の元での平等の名のもとに行われていた。

でも、今は違う。コミュニケーション能力を磨くと称する学びあい教育は、
格差固定的、拡大的にしかありようがないですよね・・・。

しかし、現在では、
家庭教育、地域教育すら崩壊している。
かつ、学校教育すら崩壊している。

塾による受験ノウハウの蓄積で、言語と他のモーダルチャネルを介して得た表象の
結びつきの強化が行われない。言語での学習が進まない状況にある。

この中でどうすればいいのか?
ということで、私は大人をみんなで遊ばせる教育があるのではないか?
という仮説を提示しているわけです。

単純な遊びでは格差は出ません。
かごめかごめ、だるまさんが転んだをやって、コミュニケーション量の差が出るか?
出ませんよ。

おしくらまんじゅうはみんなが楽しいですよね。
まあ、女子もいたら少しだけセクハラ注意ですけど・・・。

そういう情報のインタラクション量が、おしなべて平等で、みんなが楽しくて、
その場のリアリティーが強い遊びをやれば、発達不全に陥っている部分の能力も
発達を始めるのではないか?と考えています。これはリハビリテーションからの
アナロジーですけどね。

ハイパーメリトクラシーをやるなら、
みんなで遊んだほうがいいでしょ?と。

新人研修の予算が降りる時期ですね。
ぜひ、遊び合宿に予算くださいね(笑)。

それでは、次回をお楽しみに。
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2013.02.06(12:26)|ソーシャルコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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