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こんばんは。伊藤です。
暖かくなってきたのはいいのですが、
花粉がすごいですね・・・。

アレグラ飲んで、マスクして、それでもなお、
頭が痛いぐらいです。

先日、大学の所属組織主催のシンポジウムがあって、
少しだけプレゼンをしました。その内容を少し書こうと思います。

まず、学力は確実に低下しています。
苅谷剛彦の学力調査がよく引き合いに出されますが、
学力は低下している。

89年と01年の子供の基礎学力調査から、
いろいろとわかったわけです。

学力は低下し、
基礎学力は階層差を如実に反映するようになってきている。

それでね、これの読み方がちゃんとわかっていない人もいるので、
ちゃんと書きますね。

ハイパーメリトクラシー的な手法が小学校にも80年代以降、導入され、
学びあい、コミュニケーション能力的なことが学校教育でも実施されるようになった。

ハイパーメリトクラシー的なものは既に学校教育に入り込んでいる。
それでもなお、学力は低下している。この現実をどうとらえるか?は大きな問題です。

学校教育にはリソースが投下されます。積極的に。税金が大量に突っ込まれます。
家庭教育でも、親はカネを子供のために使います。

これは、昔も今も、それほど変わっていないでしょう。
それでもなお、学力が低下しているとしたら、昔と今の違いで最も大きなものは何か?
という問いが有効です。

受験教育の洗練化によって、穴埋めばっかりをやるようになったことも原因の1つでは
あるとは思います。そして、それは、能力を低下させる可能性はある。でも、それだけで
説明しきれるとは思っていないのです。

少子化が学力低下の原因なのでしょうか?
確かに上位層は薄くなる傾向がありますので、
上位大学でのレベル低下は説明がつくかもしれません。

でもね、平均的に下がっているとしたら、
ゆとりが、非ゆとりに変わったとして低下を続けたとしたら、
他に原因があることになる。

でね、おそらく、私は一番大きな原因は、地域教育の崩壊ではないか?と
思っています。地域において、子供の集団において行われていた学びが
欠如し始めていることが大きいと思っています。

だって、誰も地域教育にリソース投下しませんからね・・・。

変わり者の篤志家でもない限り、子供の集団が野山で遊べるような環境を整備したりはしないでしょう。
今時は、危ない危ないといって、外に出さないほうが主流ですから。

そうするとね、学校教育に既にハイパーメリトクラシーが入り込んでいるならば、
大学で二流の社会人を呼んで、ハイパーメリトクラシー的な教育をやる必要はないんですよ。
もしも、学力低下がハイパーメリトクラシーによって解決されるなら、中学、高校でのカリキュラムに
そういった要素が入り込んで解決しているんですよ。

もし、そうなら、大学での就業力育成なんて、いらんのです。
上位大学でのキャリアセンターによる教育すら、いらんと思います。
レベル順に普通に就職が決まるだけです。

でね、地域教育がもしも、意味があって、それが学力にクリティカルに効くのならば、
その要素は学校には入り込んでいない。だから、やる意味はある、ということになるのです。

あとね、家庭階層がより如実に学力に効いてくるようになった、という苅谷の指摘も、
地域教育という家庭と学校をつなぐものが喪失しているということから、
説明がつくように思います。そして、そこから生じるスクールカーストや島宇宙の説明にも
なるのではないか?と。

大人になっちゃったら手遅れだよ、と思いますでしょうか?
でも、脳は年齢を重ねても可塑性があるので、
大人になって、地域教育で行われていた遊びをやっても、
ちゃんと刺激がなされて、発達が遅ればせながら起こります。

で、これは、前提条件から演繹的に決まることですね。
単に、同じ条件を操作したに過ぎないことです。
理解するのに特に難しい知識は要りません。

というようなことを、発表したのですね。

論文にして出す内容の要約版みたいなもんです。
実際の論文では遊び教育の実践について、もっと詳しく記述しますけどね。

私は大学での就業力の育成なるものはほぼ不要だと思っている派です。
公教育にはリソースが投下され続け、ハイパーメリトクラシー、メリトクラシーの両面で、
教育が行われ続けるわけですから。

ただ、意味があるとすればこれじゃない?ぐらいな感じです。

長くなってきたので、今日はこのあたりで。
それでは次回をお楽しみに。
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2013.03.10(20:12)|シンキングメソッドコメント(1)トラックバック(0)TOP↑
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From:  * 2014.05.16 11:21 *  * [Edit] *  top↑

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