おはようございます。伊藤です。ブログがまた放置になってきてしまいましたね。すいません・・・。
近況としては、腰がくびれてきて、腹が割れてきました・・・。プレッシャーに打ち克つために体を鍛えておりますが、ついにここまで来たかという感じです・・・。大学でサッカー漬けになっていた頃よりもいい身体なのではないでしょうか・・・。
もろもろ、やるとお約束したことが遅れておりまして、関係する皆さまには、ご迷惑をおかけしております。申し訳ありません。謹んでお詫びいたします。レポート、勉強会、メールマガジン、執筆など粛々と進めてまいりますので、ご容赦ください。
それで、最近考えていることを書いてみます。今年はとにかく仕事が詰まっておりまして、また、難度が高い仕事が多く、自分なりに大事な年だと思っていますので、そのあたりについてです。自分のことで申し訳ないですが、書かせていただきます。ごめんなさい。
私は独立が早かったので、年齢不詳でやらせて頂いております。二十五歳のころから、「四十幾つですか?」と聞かれるぐらいに老けていたので、それを最大限に利用させていただいてきました。
雇われていたころに、最年少で昇進したのも、「お前もそろそろ35か?40か?部門を持ってもいいだろう?」と聞かれた時に28歳だったというのがあります。「28歳です」と言ったら会議が凍り付きましたけどね。凍り付いた意味合いはいろいろとあったでしょう。ただ、その凍り付いた空気に「28歳の人間が部門を持っちゃいけないなんて話はないだろう?」と言っていただいたので、私は昇進することができました。
ただ、態度がものすごく大きかったというのはあるでしょう。本当に不遜な人間でした。
当時は空手をやり込んでいて、拳にはいつも生傷がありまして、なめられたりしないために役立った面があると思っています。あとは、自分がとても弱いと思っていて、いつも強くなりたいと思っていたからでしょう。「強く優しく」は、ずっと私のテーマではあります。
ただ、やはり独立当初はクオリティがついてきていなかった面があるのでしょう。3か月単位のプロジェクトがエンドレスで続き、1年以上継続することがある反面、価値が出せないプロジェクトもありました。
そうすると、どうしても無理をせざるを得ず、突貫工事のような仕事も受けてきました。「明日の朝に、あの会社の役員と会うから、こういう考え方でまとめておいてよ」というようなお仕事も頂いていました。「この会社のアジアオフィスの所在を全部確認して、電話して何人いそうか調べられる?」とかね。時差にあわせて電話をかけまくっていた覚えがあります。
ご発注頂いた方々には心から感謝はしておりますが、こういった無理な仕事は自分の価値のなさの裏返しだったと思っています。
いろいろとあがく過程でご縁があった大学は引っ張って5年近くやらせていただきましたが、大学2,3年目ぐらいから、クライアントから頂くプロジェクトにフォーカスしたほうがいい状況が続いていました。価値が出るプロジェクトの割合が増えていったからでしょう。「もう1年、もう1年やらない?」という有り難いお言葉を何度か頂いて、ずるずると続けてしまいましたが、逆にご迷惑をおかけした方々もいらっしゃったと思います。申し訳ありません。
今年、ようやく10期目を迎えまして、なんとか頂いたお仕事でほぼ価値が出るというような状況になってきたと思います。
そうすると、多くのプロジェクトがエンドレス化してきます。最近は、「できて来年です」が口癖になってきました。たまに、「できて再来年です・・・」と言ってしまうことがあります。お仕事を出して頂いたみなさまのお蔭で、私のクオリティが上がってきたのだと思っています。心から感謝しております。
ただね、自分の中のエゴと言いますか、野心みたいなものがありまして、どうしてもこのまま小さくまとまりたくないんですよね。編集者の方にはご迷惑をかけ通しですが、ベストセラーを書いてみたいし、もっともっといろいろな問題にあたってみたいわけですね。今の自分にはなかなか満足できないわけです。
飽くことなき欲望と言いますか、そういうものが自分の中をうごめいている感じがしております。元々エゴが強すぎる人間ですので、自分を優先すると外すことが多いです。だから、クライアントの皆様の成功のお役に立てればといつも思っています。クライアントの皆様の成功を通じて、私がうまくいくという形が理想的なのだと思っています。
「天国と地獄」は同じ場所という寓話があります。私はこういった話は嫌いですが、自分にはあてはまると思っています。
食卓に長すぎる箸があり、自分ではご飯を食べることはできない。だから、誰かに食べさせつつ、誰かに食べさせてもらわなくてはならない。天国にいると思っている人々は、感謝しあってご飯を食べさせつつ、食べさせてもらいつつ生きている。地獄にいると思っている人々は自分で食べようとしてご飯を自分で食べることはできない、と。
こういう話は、本当に嫌いなのですが、自分のこれまでを思うと正しいように思います。要はエゴが強すぎる人に向けた訓戒が私にはあてはまるということでしょう。
関係する皆様には、ご迷惑をかけ通しで恐縮なのですが、なんとか頑張って、ご要望に答えられればと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。
近況としては、腰がくびれてきて、腹が割れてきました・・・。プレッシャーに打ち克つために体を鍛えておりますが、ついにここまで来たかという感じです・・・。大学でサッカー漬けになっていた頃よりもいい身体なのではないでしょうか・・・。
もろもろ、やるとお約束したことが遅れておりまして、関係する皆さまには、ご迷惑をおかけしております。申し訳ありません。謹んでお詫びいたします。レポート、勉強会、メールマガジン、執筆など粛々と進めてまいりますので、ご容赦ください。
それで、最近考えていることを書いてみます。今年はとにかく仕事が詰まっておりまして、また、難度が高い仕事が多く、自分なりに大事な年だと思っていますので、そのあたりについてです。自分のことで申し訳ないですが、書かせていただきます。ごめんなさい。
私は独立が早かったので、年齢不詳でやらせて頂いております。二十五歳のころから、「四十幾つですか?」と聞かれるぐらいに老けていたので、それを最大限に利用させていただいてきました。
雇われていたころに、最年少で昇進したのも、「お前もそろそろ35か?40か?部門を持ってもいいだろう?」と聞かれた時に28歳だったというのがあります。「28歳です」と言ったら会議が凍り付きましたけどね。凍り付いた意味合いはいろいろとあったでしょう。ただ、その凍り付いた空気に「28歳の人間が部門を持っちゃいけないなんて話はないだろう?」と言っていただいたので、私は昇進することができました。
ただ、態度がものすごく大きかったというのはあるでしょう。本当に不遜な人間でした。
当時は空手をやり込んでいて、拳にはいつも生傷がありまして、なめられたりしないために役立った面があると思っています。あとは、自分がとても弱いと思っていて、いつも強くなりたいと思っていたからでしょう。「強く優しく」は、ずっと私のテーマではあります。
ただ、やはり独立当初はクオリティがついてきていなかった面があるのでしょう。3か月単位のプロジェクトがエンドレスで続き、1年以上継続することがある反面、価値が出せないプロジェクトもありました。
そうすると、どうしても無理をせざるを得ず、突貫工事のような仕事も受けてきました。「明日の朝に、あの会社の役員と会うから、こういう考え方でまとめておいてよ」というようなお仕事も頂いていました。「この会社のアジアオフィスの所在を全部確認して、電話して何人いそうか調べられる?」とかね。時差にあわせて電話をかけまくっていた覚えがあります。
ご発注頂いた方々には心から感謝はしておりますが、こういった無理な仕事は自分の価値のなさの裏返しだったと思っています。
いろいろとあがく過程でご縁があった大学は引っ張って5年近くやらせていただきましたが、大学2,3年目ぐらいから、クライアントから頂くプロジェクトにフォーカスしたほうがいい状況が続いていました。価値が出るプロジェクトの割合が増えていったからでしょう。「もう1年、もう1年やらない?」という有り難いお言葉を何度か頂いて、ずるずると続けてしまいましたが、逆にご迷惑をおかけした方々もいらっしゃったと思います。申し訳ありません。
今年、ようやく10期目を迎えまして、なんとか頂いたお仕事でほぼ価値が出るというような状況になってきたと思います。
そうすると、多くのプロジェクトがエンドレス化してきます。最近は、「できて来年です」が口癖になってきました。たまに、「できて再来年です・・・」と言ってしまうことがあります。お仕事を出して頂いたみなさまのお蔭で、私のクオリティが上がってきたのだと思っています。心から感謝しております。
ただね、自分の中のエゴと言いますか、野心みたいなものがありまして、どうしてもこのまま小さくまとまりたくないんですよね。編集者の方にはご迷惑をかけ通しですが、ベストセラーを書いてみたいし、もっともっといろいろな問題にあたってみたいわけですね。今の自分にはなかなか満足できないわけです。
飽くことなき欲望と言いますか、そういうものが自分の中をうごめいている感じがしております。元々エゴが強すぎる人間ですので、自分を優先すると外すことが多いです。だから、クライアントの皆様の成功のお役に立てればといつも思っています。クライアントの皆様の成功を通じて、私がうまくいくという形が理想的なのだと思っています。
「天国と地獄」は同じ場所という寓話があります。私はこういった話は嫌いですが、自分にはあてはまると思っています。
食卓に長すぎる箸があり、自分ではご飯を食べることはできない。だから、誰かに食べさせつつ、誰かに食べさせてもらわなくてはならない。天国にいると思っている人々は、感謝しあってご飯を食べさせつつ、食べさせてもらいつつ生きている。地獄にいると思っている人々は自分で食べようとしてご飯を自分で食べることはできない、と。
こういう話は、本当に嫌いなのですが、自分のこれまでを思うと正しいように思います。要はエゴが強すぎる人に向けた訓戒が私にはあてはまるということでしょう。
関係する皆様には、ご迷惑をかけ通しで恐縮なのですが、なんとか頑張って、ご要望に答えられればと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。
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