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メールマガジン「インサイト100」
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登録は⇒http://www.taii.jp/
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 今日はお詫びでございます。

 これまで、まぐまぐと、自社配信はhetemlのサーバーを使って、メールマガジン配信をしてきたのですが、hetemlのほうは、どうも配信ができていなかった模様です。

 何度も同じアドレスで登録いただいている方がいらっしゃったので、なぜだろう?と思っていたのですが、配信ができていなかったのです。

 大変失礼致しました。

 毎週、出し続けていたのですが、まぐまぐの方しか配信ができていませんでした。まぐまぐからは撤退する予定だったのですが、なかなか、自社配信に移行してくれないなあ、と不思議に思っていましたが、自社配信のほうはできておりませんでした。

 申し訳ありません。

 至急、他社のメルマガサーバーを検討します。

 リストのほうは、弊社で、新規メールマガジンサービスのほうへ移行致しますので、しばしお待ちください。

 今後とも、弊社並びにインサイト100をよろしくお願いいたします。
2010.06.23(20:30)|メールマガジンコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
ブログの更新が滞っているので、久々にメルマガの内容を転載します。

手抜きでごめんなさい・・・。

みなさん、こんにちは。伊藤です。

大学の仕事を始めた時、
「塾がダメだ、塾がダメだ」と聞いて、本当かいな・・・、と
思いましたが、確かにダメですね・・・。

普通に学校もダメで、家庭もダメで、塾もダメで・・・。
大学も当然、ダメで・・・。こんな状況で育つ子供って・・・、と思いましたが、
今日はそういうお話です。

まず、教育はサービスなのか?という論点が1つあります。
教育は懇切丁寧を旨とするんだ!と。お客様に奉仕するんだ、と。

でもね、それは間違っています。

生産型の教育において、最終的に何を伸ばせばいいかと言うと、
汎用的な思考力です。いつも言ってることが同じですいません。

それでね、わかりやすいと思える説明ばかり聞いていると、考える能力が減退します・・・。揺さぶらないとね・・・。

それと、何かができるようになる、ということは人格教育と切り離しは不可能です。
ノウハウ、スキル、というものが、あたかもバラバラに存在しているとの認識が世の中に広まっていますが、それは間違っています。

全てはつながっている。汎用的思考力を上げる教育が行われれば、
スキル、ノウハウを学ぶ能力が向上し、全体に好影響となるのです。

これがわかっていないと、相当厳しいのですが、学習塾などは、これがわかっていない
人が増え始めているようです。

昔はわかっていたようです。
上位と下位の子供には、本質から教えるが、中位の子供にはあえてバラバラなノウハウとして教えたほうが目先の伸びが大きい。だから、中位のクラスではテクニックばかり教えることになる、と言っている塾の指導者がいました。今は、真顔でバラバラのテクニックを教えて良しとしてる面が大きいようですね。

学校の先生は、普段の生活指導などと、成績がリンクしていることが、体験的に
わかっている面もあります。(ひどい先生も多数いるでしょうが、それはおいておきましょう)

ただ、家庭教育が崩壊し始めている。そして、家庭が学校の先生なんてダメ、というラべリングをしている面もあるので、学校の先生が力を発揮できない。

そして、学校ではさすがに習熟度別教育が導入され始めましたが、
ばらつきが大きいと、教える側も大変です。

習熟度別を導入したとして、公立の中学校などはバックグラウンドが多様で、能力も相当多様な生徒が集まってきますので、非常に難しい。すると、はやり短期的には効率が悪く、親も学校を信用できない。

家庭教育の何が悪化しているか?
要因として、「外が危ない」があり、思考力が減退している。
外が危ないと、子供を外に遊びに行かせられない。そうすると、近所の子供と外で遊ばない。

結局、あらゆる思考は、自然のアナロジーの記号化です。

ルースミリカンのように、季節の円環が因果関係の起源などと大げさに言わなくても、
川を見ていれば、川は常に流れていて、今あるのは元の水ではない、というのは自然にわかります。逆に言葉にする人がいたら、何を当たり前のことを面倒に言っているんだろう・・・、と思うことでしょう。

子供が自然と接する機会が減少すると、結局、思考能力が低下します。

また、他者と出会わない親も増加し始めています。
それは、核家族化というところで言えると思います。

核家族を自立の象徴のように言う人がいますが、あんなもんは
面倒なことからの逃避です。親との付き合い、舅、姑との付き合いとの逃避でしか
ありません・・・。面倒なことからカネを払って逃げましょう、という本音です。

そんな神経の親が育てた子供が、面倒な人付き合いをする子供になるでしょうか?

なんでもカネを払えばいいんだよ、そうすれば、面倒くさいことからはさよならできるよ、
という考えが支配した時代もありました。その考え方の延長には、考えるのも面倒だ、人付き合いも面倒だ、があることはよくわかるでしょう。

そんな世代が「コミュニケーション能力が大事だ!」というメッセージにさらされたりしています。笑ってしまいますね、正直なところ・・・。

大学の側は、そんな変化に気づかずに、昔通りの授業をしますが、
全く伝わりません。

私が大学で授業をすると、生徒が「因果関係が大事なことがわかった」とか言ったりしますが、昔の大学では、生徒はそんなことは知っているのが当たり前だったのです。今では、当たり前ではない。

因果関係に関する仮説と、解決策に関する仮説のつながりの中で物事を捉えることが
大学生の要件に近かったわけです。でも、今の大学生は、意識的にも無意識的にも、それが文字通りわからないのです。おそろしいことですね。

教育の崩壊は、学校、塾、家庭、大学の中で、着実に進行しています・・・。
当然、ビジネスの世界でもそうですけどね・・・。
これをなんとかしたい。私はそう思っています。

最近の塾ではテレビ芸としての教育のようなものを売りにするものもあります。
テレビの宣伝でやっていますね。あれはね、学校での指導があってこそ成立するものです。ある意味で、学校教育のフリーライダーとして儲けている。

ただ、彼らはそれに気づいていないかというと、そうでもなく。
とある人気講師が言っていました。「我々の教育はフィクションですよ」と。

ノウハウを映像にして教育しよう!という大号令があったように思います。
それの末路はあまり盛り上がらずに終わった、というところかもしれません。
まだ、進行中かもしれません。

ただね、あれは普段のOJTがあってこそ成立するのです。
あれだけで成立するわけがありません。

じゃなきゃ、コミュニケーション能力なんていらないですよね。

人との出会いが貴重で貴いのです。
普段、職場でちゃんと人と出会っていますか?
いいこと、嫌なことを含めて、その関係を引き受けていますか?

結局、それしか人が人として生きる意味はありません。

ちょっと長い文章を書いてしまいましたね。ごめんなさい。
それでは次回をお楽しみに。
2012.01.26(22:27)|メールマガジンコメント(3)トラックバック(0)TOP↑
このメルマガ書いてて思うのですが、
経済のお話の反響が大きいです・・・。

みなさん、それだけ関心があるテーマなんでしょうね。

ということで、今日も少しだけ経済ネタです。

自由なマーケットが大事だ!ということはずっと言ってきました。
結局、必要な物やサービスが必要なだけ適正な価格で行き渡るには、自由なマーケットしか手段がないのです。

誰かが全員の利害を完全に理解し、「なにをどれぐらいいくらで」作って売ってをすれば、
必要な物やサービスが必要なだけ行き渡るというのは、幻想です。

人間はそこまで有能ではない。だから、日銀がなんとかしろとか、政府がなんとかしろとか、
言っている人を見ると、そんなに日銀や政府が有能だとでも?と突っ込みたくなるわけです。
彼らの仕事は、その「自由さ」を確保すること以外に特にないんですよね・・・。

それと、もう1つの側面として、人間は自分の利益に無関心ではいられない。
資源を自分が配分できたら、自分に有利なように配分するに決まっているわけです。

いわゆる性善説で権力を規定すると、不正が横行する。
だから、性悪説を信じて、既得権益集団が生まれないようにするのが、大事なんですね。
今の日本の場合は、既得権益集団が相当出現してしまっていますけどね・・・。

前回のメルマガでも書きましたが、民主制がしかれてしばらくすると、既得権益集団が生まれてしまうんです。
残念なことですが、どうしても生まれる。これをぶっ壊すのが、構造改革です。

ここまで読めばわかると思いますが、
自由なマーケットの意味は、「権力の抑制」なんです。

西側の民主主義は、徹底的に性悪説で作られています。
だから、デュープロセスをかっちりかっちり守ることが、「権力」にかかわることには求められてくるんです。

会社の統治でもそうですね。株主総会の決定事項、取締役会の決定事項、決定プロセスなども
かっちりしましょう、となっているのはそういうことです。

ご存知の三権分立だってそうです。立法と行政と司法が均衡しあう設計になっているんです。
それは、聖人君子が統治していれば起きない問題を解決するために、そうなっているわけです。

「自由なマーケット」というものは、その流れの中で捉えて欲しいのです。
結局、個人と言うものは、それほど有能ではないし、自分の利益を求める。
当たり前です。

であれば、参加者がそれほど有能でなく、聖人君子でなくても、マーケット全体として全員にいい結果を
もたらすという仕組みがいいではないか?ということなんです。

この前提の理解がないと、需要と供給の話に行けませんね。
以前、高価格は悪だ!という学生がいたと書きました。どう考えても無知です。教育の敗北です。

こんなことは中学校で習うべきことです。でも、そんなふうにはなっていない。
悲しいことです。

こういったことの理解があった上での社会参加ですよね。
社会に出るのに、社会がどういう考えで設計されているか全くわかっていないというのは、
国公立レベルの大学を出ていたとしたら、ありえんと思うんですけどね・・・。

公務員試験に「経済」科目は入ってますし・・・。

次回はこれを踏まえて、世間でポジショントークをしている人を斬ろうと思います。
それでは、次回をお楽しみに。
2012.05.26(21:57)|メールマガジンコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
こんにちは。伊藤です。

メルマガ転載企画です。メルマガ読者数が増えるといいな、ということで、
メールマガジンの内容を転載します。

それで、今日は、私がしたいことを書きます。

今日の私は「私は」を連発します。今日の私は自己主張の激しい奴です。すいません。

でね、私は20代に怪しいセミナーなどは行ける限り行きました。
まあ、頭がおかしかった、で片づけると簡単ですが、そうではない。
モテたかったと説明することが多いですが、本当はそうではないです。

対人コントロール技法みたいなものをたくさん学びました。
セールスから、恋愛、コミュニケーション、果ては気功やらセラピー、
時にヒーリングまで興味をもって、そういうものに顔を出しました。

なぜか?

治したかったんですね。心の病みたいなものを。

急成長企業はひずみを生みます。
マネジメントレスな状態は、ヒトを心の病に陥れます。
既往歴の悪化はそういう企業で起こります。
それは医者の領分かもしれませんが、なかなか心に関しては難しいです。

お伺いしたお話では、
生活保護担当のお役所の方が漏らしていたお話としては、
生活保護の方って、無料で医療が受けられます。そして、鬱の方も多いですよね。

そういう方が精神科に行くと、お薬をタダで処方してもらう。
科学的にどういう話かわかりませんし、信憑性をどう考えるか?はお任せしますが、
悪い意味でお薬漬けになるケースがあるそうです。

でね、そういうのを私も実感した面があって、ああ、心の病って、お医者さんにかかってもちょっとね・・・、
と私は思いました。

これが一般性をもつかどうかは知りませんよ。
あくまで私はそう感じただけです。

でね、民間のセラピスト、民間資格をお持ちの方やお持ちでない方で、たまーに、
ごくごくまれーに、すごいヒトがいて、なぜかその人と話すと、
心の病がよくなったような気がしてしまうケースがあるそうです。

まあ、実際、私はそうでした。

私がたまたまかかったその先生は、今は、セラピーはやってらっしゃらないです。
「夜が怖い」そうです。お昼にクライアントをいいほうに引っ張るので、夜はバランスがとられて、悪いほうに引っ張られるそうです。

迷信じみていると思いますか?非科学的だと思いますか?

心の病みたいなものに関して、安易に語るのは危険ですが、
私の経験で言えば、それはきっとそうなんだろうなあ、と感じました。

でね、私はそういうのを直す技法みたいなものがあるんだろうなあ、と思って、
いろいろと試行錯誤をしていたわけです。で、今も試行錯誤の最中にいる面があります。

そうする中で、ヒトの思考の本質や、認知、論理、言語、感情といったものに
迫っていくことになったわけです。幸い、学問的にも似たバックグラウンドがあったので。

そして、大学にも入り込むことにもなりました。

それでね、私が今、感じているのは、ヒトと言うのは不思議な生き物だなあ、という
感覚ですね。いろいろな処理の総合体としての生き物なわけですが、
その処理は、必ずしも同じ方向を向いておらず、自由度がある。

時に矛盾する処理があり、変な行動を人にとらせたりする。

人間の自動化された処理の1つ1つは必ずしも効率的ではない面がある。
でも、だからこそ、人なわけです。

月に一度、思考についての勉強会をやっていますが、
次の勉強会のテーマは「操作」です。

内的表象の操作が思考という考え方で勉強会をやっているので、
操作とは、まさに思考能力に近い処理です。

実を言えば、私は操作はそれほど得意ではないです。
自分の視覚、聴覚、体感覚を意のままに操作できる人もいますが、
私はそれほど制御できるわけではない。

むかついた時に、一瞬で、気持ちいい自分に戻れるわけでもないし、
目の前の人の顔に、イメージで落書きがすらすらできるほど、イメージに長けている
わけでもないです。でも、こういうことができるヒトの処理能力ってすごいですよね。

たいてい、操作は自動化されていて、その自動化されているものから、
逃れるのは難しいのですが、それを意識してやると、自動化されたものを
変えることもできます。

猫を見ると、嫌な気分になる人も、
それを操作できれば変えられますよね。

人間はいかようにでも変化しうる。これはある意味で希望でありますが、
ある意味で、恐ろしいことだとも思います。

まあ、面白いと捉えることもできますけどね・・・。

それでは、今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2012.11.13(08:58)|メールマガジンコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
こんばんは。伊藤です。メルマガの転載ですが、ブログのほうも定期的に更新していければと思っています。

さて、前回のメールマガジンではかつてない反響をいただきまして、改めていろんな方がいろんな思いで読んでくださっているんだなあと思いました。ご連絡いただいたみなさま、ありがとうございました。今後の参考にさせていただきます。細かいご質問も、このメルマガ上で少しずつお答えしていければと思いますので、少々お待ちください。

それで、「小説を書こうと思ったのはなぜですか?」というのが来ていて、ああ、そんなこともあったなあと思いますので、簡単に書きますね。

大学生の時、好きな女の子がおりまして、その子に「小説書いてるんだ」と、ちょっと偉そうに言いましたら、「読んでみたい」と言われました。その時はそれほどちゃんと書いていたわけでもなかったのですが、読んでもらうのにこれではいかんと思い、ちゃんと書き始めました。月に2、3回でしょうか。作品を書き進めると下北沢のミスタードーナツに2人で集合して、新しい原稿を渡して、前の原稿の感想を貰うというのをやっていました。小説を書くことが楽しいというよりは、その子に会えるのが嬉しくて、ずっと書き続けました。

後に、「普通の女の子はお前の面白くない小説なんざ読みたいわけないだろ?わざわざ時間作って読むか?バカかお前は?」と知人に言われたのは後の祭りではありましたが、10万字以上の作品を書き通すという経験をさせてもらいました。今思えばそうでしょうけど、当時はそういうことはわからない人でした。

「当時は」ではないかもしれません。

つい数か月前ですが、珍しく女性と夜中まで飲んでいて、「終電がなくなっちゃいました。明日は朝早いんですけどねー。」と言われ、それは大変だと思い、「タクシー代出すよ」と言ったら、「家に泊めてくださいよ」と言われ、「ベッドが1つしかないからいつも仕事で使ってるホテルの部屋を取るよ」と言ったら、「私、床で寝ます。大丈夫ですよ。何もしませんから」と言われて、以下省略ですが、全てを察したのは、朝、彼女を始発に送り届けて酔いがさめてからだったという出来事がありました。

酔うと真面目な素の部分が出るんですね・・・。多分、本質的には変わっていないので、いつまでたっても非モテなのでしょう・・・。

さて、気を取り直して今日は昭和経済史のさわりを書こうと思います。ここからはヘビーな内容ですので、ご興味に応じて読み流して頂ければと思います。

それで、戦前は最高に難しいので、まずは戦後について書いていきます。主だった出来事を抑えて、その意味合いを考えていきます。史料確認なしで書いていきますので、何か疑問点あれば送ってください。

まずね、1945年が終戦というか、敗戦ですね。東京は大空襲によって焼野原になりますし、大戦で、多くの死者が出ました。日本人としては200万人~300万人程度と言われています。この日本人には在日の方々も含みます。

敗戦後、米国の占領政策は当初は脱工業化を指向し、工場の解体や財閥の解体などを行いますが、1949年の中華人民共和国の成立、1950年~53年の朝鮮戦争によって大きく転換していきます。それ以前にも日本を反共の砦にするとか、復興に向かう方向性の確認などがGHQによって行われますが、やはり、中国の成立と朝鮮戦争が大きな出来事でしょう。

そもそも、戦争によって弱体化していた日本経済ですが、終戦時にも約7200万人の人口を抱えています。ええ、当時としては大国なわけです。戦争が終わって、焼け野原の復興が始まれば景気はよくなっていくわけです。

阪神大震災の時の復興特需は20年は続いたと業者さんは言います。焼け野原の東京を復興していくのであれば、それはすごい特需に沸くでしょう。

傾斜生産方式によって、戦後復興がなったという説もあるわけですが、私は懐疑的ですね・・・。そりゃあ確かに生産力の回復は重要なのですが、需要がすごい勢いであるわけで、その需要の吸収を大企業、石炭、鉄鋼を中心に行ったことは意味はありますが、傾斜して投資した場合と、そうでなかった場合の差異がそんなに大きいのだろうか?と思ったりするわけです。

しかし、景気が過熱し過ぎてしまいますので、1949年にいわゆるドッジラインによって、景気を沈静化させます。要は実態との乖離が大きくなりすぎる前にブレーキをかけるということですね。

具体的には金融、財政の引き締めを行いました。これによって株価は大きく下がります。

今みたいなポピュリズム的な雰囲気や、政府が景気循環をコントロールできるかのような風潮、株価をベンチマークとして気にする政権の中でこんなことをやったら大事でしょうが、当時はこういうことができたんですね。

景気の過熱が沈静化したところで、都合よく朝鮮戦争が起こります。朝鮮戦争で、米軍は物資を日本から調達しますので、日本は潤いますよね。成金が貿易業者を中心に登場します。また、武器、弾薬などは工場でなければ作れませんので、日本の脱工業化に熱心だったGHQもこの頃には完全に工業化を再度行う方向性になっているわけですね。

実体との乖離は問題になりますが、ちゃんとした生産活動を伴って景気がいいのであれば問題はないわけです。

しかし、朝鮮戦争が終わってしまうと、日本は過剰な生産設備を抱えることになります。ここで、1955年のGATT加盟が効いてくるわけです。戦後は日本の経済力を脅威として捉えた欧米は、脱工業化を強力に主張するわけですが、米国は45年以降、少しずつ日本の占領政策を工業化、反共産主義の砦として活用する方針へと転換していく。

西欧はこの当時は未だに日本を警戒しているわけですが、米国の強い意向によって、西欧への輸出が可能となります。当初は衣服・繊維を中心とした輸出です。戦前から日本の繊維、衣類は強いですからね。

朝鮮戦争、GATT加盟などによる生産能力回復、輸出拡大によって民間消費が回復していく。工業化も進み、いわゆる三種の神器と呼ばれた白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機が飛ぶように売れていくわけです。

しかし、当時の日本は現在の中国のように固定相場制です。民間投資で購入される生産設備は欧米からの輸入に頼っています。欧米からの輸入が増えれば、外貨準備が減少していきます。足りなくなれば調達しなければいけませんが、国家として対外債務は増やしたくない。そうすると、金融引き締め策を講じて、景気を引き締める必要が出てきます。

だから、好景気、不景気を繰り返していくわけですが、私はこれが日本が大きなバブルにならずに成長した要因では?とも思っています。実態と乖離した資産価格の上昇は、バブル崩壊によって資産価値を一気に吹っ飛ばしますからね。これぐらいゆるやかな方がいいかもしれないと思うわけです。

そして、60年代はいわゆる所得倍増計画の掛け声とともに、高度成長が始まります。詳細には触れませんが、1968年には日本がGNP世界第二位になるわけです。この復興の要因は何かをざっくり考えてみます。

私が思うのは、戦前レベルへの回復という要因です。第二次大戦後、貿易額が第一次大戦レベルまで回復したのはいつかと言えば、世界的にも1970年代です。つまり、第一次大戦時に経済は既にグローバルだったわけです。そして、日本の輸出能力も戦前から欧米に警戒されていたわけです。

そうするとね、「世界の貿易水準が第一次大戦時のレベルに戻る過程で、大国の中で最も破壊された日本が、戦後最も急激な伸びを見せた」というのが正しいように思うんですよね。

この大枠での認識があった上で、マクロ政策を見ていくと、意味があったのって、関税障壁ぐらいではないのか?特に、戦後に発達した重工業についての関税障壁ではないか?ということでしょう。

ちょっと、もう長いので今日はここまでにします。次回は60年代をもうちょっと詳しくみて、いわゆる主だった日本のマクロ政策を今日のパースペクティブをもとに見ていこうと思います。

それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2016.07.15(22:12)|メールマガジンコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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