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こんばんは。伊藤です。祝前日で、キラキラ女子たちはおめかししてハイセンスな服装を着て出かけていくわけですが、私は喫茶店の片隅でブログを書いています。ええ、書籍の原稿と向き合うことからの逃避です。ごめんなさい。

最近、「ライザップですか?」とよく聞かれますが、あんなにべらぼうな値段のサービスは利用しませんし、訴訟内容がきわどいので利用する気になりません・・・。サービスマニュアルのパクリで他のジムから訴えられていますよね・・・。

去年、大きなケガを三回ぐらいしてしまったので、「今年はけがをしないように頑張ろう!」と2月から走り始め、3月から自転車をこぎ始めたところ、この5か月で9キロの減量に成功しました。2月は10分走っただけでぜーぜー言ってしまう切ない状態でしたが、今はそれなりに走れるようになってきています。あと、2,3か月でもう少し体がきれてくる感じだと思います。

しかしながら、体重が減りすぎている気もするし、「病気を疑った方が・・・」とおっしゃる方もいて不安にもなったので、人間ドックに申し込んでしまいましたね。いえ、人間ドックは毎年受けてはいますし、健康体ですよ。ええ、念のためです。

それで、今日は顧客の離脱率についてです。適切な離脱率というものがあるので、それについて、つらつら書いてみようと思います。

たまにね、お客さんは絶対に離脱しちゃいけないんだ!みたいな主張をする人がいます。とある体育会系の学習塾とかね。「退塾は悪だ!」と日々叫んで、バイトを叱咤激励しているそうです。というか、顧客のリテンションという重要事項をバイトに振っている時点で恐ろしいですけどね。

ただね、継続率100%というのはありえないんですよ。その企業のサービスクオリティ、キャパシティと合わせて適切な離脱率がある。もしも、継続率100%だと、新規の顧客募集も不要になります。実際、私のような商売だと、新規の問い合わせがきても、「できて来年です」が答えになるので、それならいいですわ、となりますよね。

ただ、適切な客数というものが存在し、その客数を維持するための離脱率があるわけです。

たまにね、適切な客数設定をしていない会社もあります。じゃあ、お客さんがパンパンになってもいいの?サービス提供できるの?と聞くと、「うーん」と言ってきます・・・。まずは適切な客数設定があって、現状の客数があり、新規の獲得数と離脱数があるわけじゃないですか。これを明らかにしないといけない。

そのうえで、キャンペーンやらプロモーションの予算をどれぐらいかけるとどれぐらいの新規顧客がとれるか?というのは見えやすい。そのうえで、現状のお客さんをどれぐらい維持しないといけないのかが出てくるわけです。

初めに、ライザップのネタがあったので、スポーツジムを例にとりましょう。データマイニングしてクラスタ作ると、お客さんは7つぐらいに分かれます。実務的にはこれを統合して4つぐらいのクラスタにまとめてリテンション施策を打ちます。

まず、ほぼ、毎日来るお客さんがいます。このクラスタはさほど離脱しません。だから、ケアのコストはさほどかけないことが正しいわけですが、いろいろ難しいこともあります。

そして、週に2,3回来るお客さんがいます。このあたりがクリティカルでしょうね。週に来る数が1日変わるだけで、離脱率が劇的に変わってくるケースが多いです。

そして、月に何度か来るお客さんがいます。この離脱率は非常に高いですね。すぐに来ないクラスタに離脱するケースが多いでしょう。たまに、週に何度か来るクラスタに移行しますが、手の打ち方は難しいですね。

そして、全く来ないクラスタがいます。そして、すぐ退会します・・・。

実務的にはこの4つのクラスタに分けて、施策を考えるわけですが、ほとんどの施策は週に2,3回来るお客さんに向けられるべきです。ここが維持できると収益目標を達成できるような形でないと、そもそも経営が成り立ってませんからね・・・。ただし、毎日来るお客さんをないがしろにすると、クレームになります。いやー、めんどくせえ。

大事なことは、客数、獲得数、離脱数から適切な離脱率目標を立てて、そこに数字を近づけるための施策をクラスタ別に打つことです。

これは、ほとんどの会員モデルのビジネスに共通します。

会員の所属クラスタを判別し、クリティカルな部分に施策を集中することです。ただ、提供するコンテンツやらイベントやらも複雑にからんでくるので、とても難しい。必ずしもイベント参加率が効いてこないケースもあるんですよね・・・。

ここから、さらにコンテンツ別のサービス利用率、離脱率やイベント参加率に落として考えていくわけですが、私がかかわった仕事がバレバレになりそうなので、これ以上はやめておきます。

ただね、わかってほしいのは、お客さんはいなくなるもんで、追ってもしょうがないということです。過剰な維持コストをかけてもしょうがないということです。そもそも、獲得率を上げると離脱率自体が上がっていきますし。

さようならする人とはさようなら、なわけです。新しい人、こんにちは、です。いわゆるサブスクリプションモデルやら、会員ビジネスやらおしなべてそうです。まずは、どれぐらいの離脱を許容するか?からビジネスライクには考えるのが正しいですね。

私は大学では、自分で自分の授業のビラ作り、配り、看板を作り、単位も出ないシラバスにも載らない授業に学生を集め、彼らと人間関係を作り、育てるということを当初はやっていました。さようならする人は確かにいますし、今でも関係が続いている学生もいます。自分のその時のキャパシティで、離脱率が大体決まってくることは肌感覚でわかりました。

コンテンツ提供者としては、全力でやるわけですが、当然、あきらめも大事です。ビジネスライクな視点でも、割り切りは重要です。GDPがマイナス成長だと、平均的には給料は上がりませんよね?全体の離脱率と、コンテンツの離脱率をしっかり見て、目標を立てて頑張るんですよ・・・。全体の離脱率がすごく高いのに、コンテンツの離脱率を小さく求めるのも変ですよね・・・。

というような感じです。そろそろ、原稿書かないといけませんね。頑張りますよ。ええ、頑張ります。
それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
 
2016.08.10(19:30)|マーケティングコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
今日はメルマガの再掲ですが、同時です。ええ、さっき出したものです。
ブログをお読みでしたら、ぜひ、メールマガジンのご登録をいただければと思います。

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こんにちは。伊藤です。

今日は宣伝も含みます。ごめんなさい。
経営戦略勉強会ですね。お申し込みはこのリンクからお願いします。
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さて、なんというか、いろいろと自分を見つめなおす作業をこの1年はやらざるを得ない感じになっていて、しんどい毎日ですね。その1年の中で、特にここ数か月は自分と向き合う頻度が上がっていてとてもしんどい。充実しているともいえるわけですが、心と体をすごく使います。ええ、大変ですわ。

仕事もしながら、自分とは何だろう?ということを問いかけ続けるわけですね。人の役に立てばお金がもらえるシステムなわけですが、自分の特殊な能力をいかに生かしていくのか?ということは大事な問いではあります。すぐにお金になりませんが、自分の心の財産にはなります。おそらく、揺らいでいないように見えるようになる。実際には揺れている、揺れ続けているのでしょうけど、それが気にならなくなるのでしょう。

何度か書いていますが、私は自分のためにやると外すタイプなので、アドバイザーをやっている面があります。人のことは良く見える。人をうまくいかすのが私の仕事なわけです。そうでないと私の能力が発揮できない。

だから、コンサルタントなわけです。

問題解決がコンサルタントの仕事なんだ!と声高に言う人もいますが、私はあまり問題解決という意識はないですね。これまでの必然性から生じるその企業のコンテクストを解き明かすことにどちらかと言えば力点を置いてやっている。「ポーターの活動システムマップ」の背景に近い概念だと思っています。そして、このコンテクストのフィットを高めることで、収益性を高める、競争優位を確保するという作業をやっているわけです。

つまり、これまで存続している競争優位の要因を中心にして体系を組み上げるんですよね。一度も優位性を築いたことがない会社の改善はなかなか厳しいと思っています。ただ、企業というのは、その必然性から落ち着く形はあると思っています。

それでね、この活動システムマップといいますか、コンテクストが私の場合は体感できるというか、感じられる。そして、それをビジュアライズして、クライアントに提示できるわけです。この部分にアクションをやりましょうといったことがそれを根拠にいえるわけです。

仮説は現場からやってきます。店舗であれば違和感を覚えます。店舗の必然性、コンテクストから何がどうずれているのか?が感じられる。それをつぶしていくことによって収益性を高めることができるわけです。当然、仮説はちゃんとした確証がなければ採用しませんけど、仮説は感覚からやってきます。

これはあまり普通ではないことは、伝わりますでしょうか?

たとえばね、平泳ぎのスピードを上げたい。タイムを縮めたかったとしてましょう。自分でいろいろと試行錯誤して、手の動きを改善して確かにタイムが上がったとして、よくよく動画を見てみたとします。そして、専門家の意見としては、足がタイムに効いていると言われたとしましょう。一体何が結果に効いているかはよくわからないわけです。

いわゆる選手はコーチと二人三脚で課題設定をして、その課題設定が正しいと信じ、解決策も正しいと信じてやっていくしかないわけです。自分の課題設定、練習を信じてやるしかない。背後には当然、泳ぎの必然性とコンテクストがある。

選手がインタビューでよくいう「自分のやってきた練習を信じて」はそういう意味ですよね。

当然、それを信じないことも可能です。でも、何をすればタイムがよくなるのか?は厳密にはよくわかりません。集団スポーツになるとさらに複雑化をして何をすれば勝てるのかは、さらによくわからなくなります。だから、勝てる監督と勝てない監督はいるのですが、その差異が何かはうまく特定できない。

信じる体系、必然性とコンテクストがあって、そこと現状のずれから課題設定をして、アクションを導いていくわけです。私はどちらかといえば、体系、必然性を重視するわけです。そこからコンテクストを展開していくのです。

いわゆる問題解決とおっしゃる方々は課題設定からアクションみたいなことを重視されます。ただ、信じるコンテクストみたいなものは、借り物ばかりですよね。ロジャースの普及理論は見るたびに気がめいりますが、いまだに信じている人がたくさんいて、そういうありものの体系をベースに意味のない問題解決をするわけですね。いわゆるパッケージ的な考え方に近い。

私はどちらかというと、必然性とコンテクストを感じ取ることを重視しています。

こんなことを言うと、占い師のような感じになってしまいますが、おそらくそうなんですよね。「空間に違和感を覚えたりする」とか言っちゃったりするわけです。ただ、これまでそれが「当たって」きているので生き残っているわけです。

このスタイルと、これがなぜできるのか?どういった経験によっているのか?といったことが自分を見つめなおして探っていくべきことなのだと思っています。大学では、「遊び」が思考に対して非常に重要だというのが研究テーマとしてあり、伊豆大島に学生を連れて行って、グループワークをやったりしていました。自分の思考スタイルを探ることは、自分の遊びのスタイルを思い出すことでもあるわけです。すると、過去を振り返らざるをえない。自分が育ってきた景色、遊んできた風景を思い出さざるをえないわけです。

これはとてもしんどい作業ですね・・・。

今回の勉強会ではあまり思考プロセス的なところはやりません。「価値」という非常に誤解されやすい概念から迫ろうと思っています。いわゆる外資系コンサルの人がいう「価値」にはほとんど中身がないことが多いわけですが、今回はその中身を考えていこうと思っています。

あと2,3人来るといいなと思っていますので、ご興味ある方は、お申込みいただければと思います。
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それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2016.08.06(06:32)|戦略コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
こんばんは。伊藤です。黙々と、粛々と資料を作る毎日です。今週は、今週でやらないといけないことをなんとか今週中に終わらせよう!と頑張る日々になりそうです。

最近、いろんな方にご心配いただきますが元気ですよ。ええ、私は元気です。昔からいろいろな方にご心配いただいて、本当に申し訳ないと思っていますが、元気です。大丈夫です。心配はいりません。

勉強会の方は、1回目が渋谷なのですが、2回目以降、神田の会場をお貸しいただけることになりました。ただ、会場の収容人員が12名と、これまでご厚意でお貸しいただいていた会場よりもだいぶ手狭です。申し訳ないですがご了承ください。

さて、今日は商品価値についてちょっと書いてみます。価値というのは、コストと比較した上での便益のことです。便益というのは商品機能のターゲットに対する意味合いのことです。これだけだと意味不明なので具体的に書いてみましょう。

たとえばね、私のメールマガジンの読者さんは、私の文章を読むわけですね。これが商品の機能です。でもね、人によって感じる便益は異なるわけです。メールマガジンに反響をいただいて初めて気が付きましたが、いろいろな方が、いろいろな思いで読んでらっしゃいます。

驚いたのは、「伊藤さんの文体が好きで読んでいます、内容は難しいと流し読みをしています。」という感想でした。

えー!!!!知識を求めて読んでいるんじゃないの?と思いました。私の文体が心地よく感じていただいて、わかる内容ならじっくり読むし、わからない内容は流し読むそうです。そんな読み方ってビジネスのメールマガジンであるの?と思いました。

ビジネス書とか、ビジネスのメールマガジンの一般的な便益の想定は、「ビジネス情報が入った文章」を「情報を求める人」が読み、「知識を得られる」という便益を感じるというものです。

文体を楽しむことがメインの目的にはならない。しかし、一定数、「ビジネス情報が入った文章」を「私の文体が好きな人」が読み、「文体を楽しむ」という便益を感じているんですね。

ちなみに、このケースで、メールマガジンの場合は無料です。コストとしては、読む時間ぐらいです。

なお、私の文章は好きな女の子に語り掛けるイメージで書いているので、おじさまたちがその文体が好きというのも、とても不思議な気分ですね。ええ、だいぶおかしな世界になっています。

一般的な価値は抑えながらも、私独自の価値を意識して、コアな支持層を捉えていかないといけないわけです。

「私の文体を楽しむ」という価値は、他の書き手には出せない価値なわけです。マージナルな部分での差別化要因なわけです。こういったものがあると、弱者の戦略を取らずに済みます。どういうことか?

価値の大きさで争っているとして、ビジネス情報を提供するという価値について、差異を作るのは通常は難しいわけです。ビジネス情報なんて情報の非対称性がさほどない領域ですからね。そうすると、量か質か、それ以外の部分で価値を重ねないといけない。

量で価値を重ねようとすると、無視したはずの時間コストが過大になってくる。そうすると、便益に対してコストが増大してくる可能性がある。かえって価値を損なうかもしれない。

質で差異を作るのは、なかなか難しい。私は質で差異を作っているつもりですが、なかなかそれは伝わらない。ただ、他では解説する人が少ないことを私は解説しています。しかし、それは「難しい」で片づけられてしまう可能性もあるわけです。

そうすると、差別化要因として「文体」というものがあると、楽ですよね。書いているだけで自然に価値が上がる。

抽象化するならば、そのにじみ出るキャラクターと親和性の高い内容にしていけると、コアな部分、初めの一歩を作るにはいいわけです。初めはその部分だけでいいでしょう。一番強い訴求点です。

私の場合、優しく語り掛ける文体とマニアックな内容の組み合わせなので、一部のコアな方に強烈に訴求しつつ、現状での最大限の広がりを作っているわけです・・・。

文体で作る広がりと、内容で作る広がりがある。マーケティングっぽく言うと、この二軸で広がりを取りに行くわけですが、今日のテーマからは外れるので置いておきましょう。広がりというよりは、コアな部分のお話ですからね。

今日のポイントとしては、いわゆる「他の人もやっていること」にプラスアルファしうる一軸、あなたしか加味できない価値はなんですか?といったところでしょう。女の子に語り掛けるような文体で文章を書くビジネス書の著者なんていませんよね・・・。ええ、絶対いないと思います。それが私の文章のコアな部分を作り出している。

じゃあね、あなたの商品で他にない価値ってなんですか?という問いかけになるわけです。そこがわかっているとやりやすい。

ピン芸人として、自分の名前で勝負する場合には、あなたのキャラクターというか、固有の経験、固有の価値観から生じる固有の何かです。自分のユニークネスに気づけると、コアを作るのは簡単になってきます。

ただ、一般的な商品の方が、この部分は難しいですけどね。マスであればなおさらです。

つまり、この文章における一連の主張は、ニッチなビジネスはコアが作りやすいと言っていることと同義ではあるわけですね。伝わりますでしょうか?

そこから広がりを作っていくには、各要素で最大限の広がりを取るような強さが必要になってきますけどね。理屈は説明しえるとは思いますが、ここを再現的にやるのは無理でしょう。再現性をもってやれたら天才でしょうから。

でも、普通の商品はマスに受け入れられる必要はない。コアな価値でコアな客層が取れればいいわけです。だから、一歩目としての独自性であり、小さいビジネスであればここが全てです。

うまく伝わったでしょうか?自分を例にしているのでちょっと歯切れが悪くなってしまいましたね。もうちょっと人さまをネタにした方がよかったかもしれませんが、うまいケースが思いつきませんで。ごめんなさい・・・。

それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。

2016.08.02(04:05)|マーケティングコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 おはようございます。伊藤です。朝の5時ですが、目覚めてしまったので今日も生き抜こうと思います。

 今年は本当にしんどい年でして、仕事がかつてなく忙しく、プレッシャーがすごいです。泣き言は嫌いですが、事実なので、事実として書いています。

 これまで、文章が書けなくなったことはないのですが、今年は少しの間ですが書けなくなりました。これは私にとってはすごいことです。息を吸って吐くように、書くと言う行為は私にとって自然なことなのですが、書きたくないし書けなくなる。衝撃的でしたね。

 何度も書いていますが、私は大学の頃、好きな女の子に読んでもらうために文章を書き始めたので、いつも好きな女の子をイメージして書くわけです。しかし、書けない。去年いろいろありすぎたせいかもしれませんが、とにかく書けない。混乱しましたね。どうすればいいのか?何をすれば書けるようになるのか?本当にわからない。いろいろと試みては痛い目にあいました。

 最近、ようやく書けるようになってきて、ひと安心ではあるのですが、また書けなくなったらと思うと恐怖ですね。その恐怖を抱えながらも、頑張って書いていこうと思っています。

 さて、今日はクレーム対応について思うことを書いてみます。Twitterでも少しつぶやきましたが、もう少しちゃんと書いてみたいと思います。

 それでね、クレーム対応というのは、すごーく大変です。相手が怒りをぶつけてきますからね。その怒りが理不尽なものであったとして、担当者レベルでは対応しないといけないと思うことが多いです。最近の飲食では担当者レベルで「怒りにそもそも反応しない」というマニュアルが出てきていますが、これは離反率を高めるのでお勧めはしません。頑張って対応しようとする中で、何かを掴む機会すらなくなっていってしまいますからね。

 責任と権限がある人が、このお客さんのクレームは対応しないと判断するなら、しなくていいんですけどね。現場レベルでは少なくともそんな判断はできません。あたふたしてしまったり、過剰なエネルギーを取られてしまったりします。そうすると、たちまち日常業務が回らなくなって、その他のミスを誘発したり、サービスクオリティを下げたりするわけです。

 特に、ハードなクレームが発生し、確かに提供側に落ち度がある場合、どうすればいいのか?というのがあります。「怒りを全て吐き出させればいい」といった考え方もあるのですが、その怒りを全て吐き出させる対応をするうちに、担当者のメンタルヘルスが削られてしまいます。これは非常によろしくない。

 それでね、ハードなクレームは、ある意味で存在をないがしろにされたとお客さんが感じた場合、自分が大切にされていないと感じた場合に発生することが多いです。まともな人がハードなクレームを言う場合、たいていこういったケースです。これは対応の必要があることが多いわけです。

 まともではないというか、対応の必要がそもそもないクレームであればいいんですけどね。でも、まともなお客さんがすごく怒っている。これはとても困ったことです。怒りは時間がたてば収まる面もあるのですが、怒りが収まるのを待つのは、問題の先送りに過ぎませんよね。

 それでね、問題は、「なぜお客さんがないがしろにされたと感じたか?」です。

 それはたいてい、いろいろとミスが重なったり、特段の事情があったりして、お客さんを優先できなかったケースでしょう。余裕がある人は、優先されなくても怒ったりしませんが、そうでない人は自分がないがしろにされてきた経験を重ね合わせて怒り狂うことがあります。対応する人にしてみれば、これはしんどい。

 ただね、極論を言えば、そういった事情が起きた時、また同じ判断をして、同じようにお客さんを優先できないだろうと思った場合は、もう「仕方ない」と割り切ることが、メンタルヘルス的には大事なことです。

 「だって仕方なかったんだもん」といったところでしょうか。仕方なかったこと、これからも「仕方なくあり続ける」ことについて、貯め込んだところでどうにもなりません。担当者にとっては、仕方ないと思った上で対応することと、自分はどうなんだろうと思って対応することは、心の負荷がだいぶ違います。

 マネジメントレベルではそういったクレームそのものが発生しない仕組みを考えるべきではありますが、それは長期的な施策であって、目の前の問題に処していくレベル、日々業務を回していくレベルでは、いかに現場を守り、お客さんにどう対応するか、どういう心持ちで対応するか?が大事になってくるわけです。

 でなければ、日常業務に支障をきたす、サービスレベルが低下するという、最も望ましくない出来事が起こり、他のお客さんの離反を招くからですね。 

 サービスレベルの維持なのか?、ハードクレームへの対応か?という二者択一なのであれば、間違いなくサービスレベルの維持が優先されることはわかるでしょう。日常業務を回していく上で、メンバーが気持ちよく仕事を回していけるということが、サービスレベルの維持に対して最も優先すべきことではあるわけです。

 このあたりの精神論を適当にしてしまうと、ちゃんとしたマネジメントというかメンタルヘルス管理のできない職場、マネジャーだということになります。

 ええ、私はこういうの、不本意ですが上手なんですよね。前を向いてもらうのが。自分がいろんな苦しみを味わってきたというのもあるかもしれません。メンバーから事情を聴いたうえで、「それは「仕方ない」と捉えた上で誠心誠意対応しなさい」と言えば、メンバーもだいぶ楽になるんですよね・・・。ええ、真面目な人たちにはマネジャーからのそういう背中押しが大事だったりするんですよ。

 ええ、私は心に火をつけるのも上手なので、その責任を個々のメンバーに取り続けるうちに、こんなに心が真っ黒な人になってしまったというのもあるんですよね。せつないことです。サラリーマンを辞める時、一番信頼していた10歳以上年上の部下の女性に、「俺もう辞めるから、ごめんね。あとはよろしくね。」と言ったら、「酒がまずくなるから黙ってくれますか」と座った目で言われたことは痛々しい思い出ですが、人の適性を見たり、育てたりすることはとっても上手なんですね。

 若いころはピュアに他人を斬りつける人でした。今はお腹の中は真っ黒ですが、それほど人を斬りつけないようになってきました。どちらかと言えば、包み込める人になってきたのかもしれません。相変わらず、会議では涙目で、相手に正面からぶつかっていくスタイルではあるんですけどね。ピュアな自分と真っ黒な自分と、どちらが良いのかは、今でも全くわかりません。

 対応の精神論は上記に書いたような感じで、詳細はもっといろいろと決めうる問題だと思っています。ただ、現場のサービスレベルを保ったうえで、仕事を回していく時に、欠けてしまいがちな視点だと思ったので書いてみました。

 でも、やっぱり誠心誠意、嘘なく、真心で対応するのが一番大事だと私は思いますけどね。それは「お客さんに」というだけではなく、社内のメンバーにも、プライベートであってもそうだと思います。それが一番気持ちよく生きられると思っています。

 それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2016.07.29(05:44)|マーケティングコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
おはようございます。伊藤です。先月、バンコクにいってきたのですが、その帰りの機内で書いたメールマガジンにかつてない反響をいただきました。今日はその転載です。

ただ、私には、この文章のどこが、読者のみなさんに響いたのかはまったくわからないんですよね。私は文章は素でしか書けません。私がそのときに表現したいことが出てくる。それは明らかに1つの方向を志向していて、その向かう先もなんとなくわかっているのですが、それがどんな表現をとるかはまったくわからないし、向かう先とはまったく違う内容を書いているわけです。

私の文章は直せないとよく言われました。複雑に折り重なっているので、とても直しにくいのだそうです。独立したころ、「伊藤さんは食い詰めたら文章で暮らせばいいよ」と文章を仕事にしている女の子にいわれたものですが、自分の文章のどこにそれがあるのかもわからなかったし、今でもそれはわかりません。

仕事はコンサルタントというか、クライアントに対してアドバイスをする仕事のはずなのですが、私は根本的には第三者には向いていない。常に当事者でなければいけないと思っている面があるし、冷静にアドバイスするというよりは、メンバーの魂に火をつけないといけない場面のほうが多いと思っています。ただ、なるべくクライアントのリーダーの言葉が魂に火をつけるほうがいいに決まっているのですが、リーダーとなるべき人間の魂に誰が火をつけるのか?といえば、自分なんじゃないかと思ったりするんです。

だから、自分も常に極限にいないといけないと思っています。そうすると、自分を客観視することは難しくなる。情に掉さして流される場所にいることになる。アドバイザーとしての立ち居地ではないようにも思います。ただ、それが私のスタイルではあるわけです。

向いていないことを生業にすることの苦しみというか、せつなさというか、そういうものを感じながらも、こういうかかわり方もあっていいとは思っています。そういうこともあって、下記の文章は私にはよくわかりませんが、読んでくださっている方々の何かに触れたのでしょう。その触れ方はきっといろいろあるのでしょうけれど、前を向いて進んでいける形になるならば幸いだと思っています。

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【バンコクから東京への機内にて。自分を見つめ直して】
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こんにちは。伊藤です。
今、バンコクから東京に向かっている機内でこの文章を書いています。

他にすることもなく、暇なんですね。
東京まではあと2時間もかかるようです。

万城目先生の「バベル九朔」は読み終えてしまったので、何かすることが必要なのです。

今回の出張は、いろいろと自分を見つめなおすいいきっかけになったと思いますので、
自分が社会人になってから思ったことをいろいろと書こうと思います。だから、今回はちょっとつまらないと思います。

ごめんなさい。興味がある方だけ、お読みください。

今年は空前に就職が緩いですね。多分、リーマンショックというかバリパショック以降、最高でしょう。

ここ数年で入社した人たちはバブル期と同様の扱いを受けることがどう見ても明白ですので、また罪作りな時期だよなあと思ったりはしますが、まあいいでしょう。

最近は古典的な日本企業でも本流と傍流が早い段階で分けられますので、本人たちもその自覚が全くないわけではないでしょうから、彼らはきっと自衛に励む人々になるでしょう。いい意味でも、悪い意味でもね。

私は大学で全く勉強せず、知的訓練がなされなかったにも関わらず、コンサルティングなどという知的職業についてしまい、大きな苦労をしました。大学でレポートや論文を一生懸命書いていれば、それほど苦労しなかったのですが、レポートは映画批評や文学批評ばかりでしたし、論文はまともに書いていません。

レポートとは、他人の設定した論点への解を考えるものであり、論文とは、自分で論点設定をし、その論点の必然性を論じた上で、解を出していくものです。

コンサルティングでは、クライアントの問題意識に合わせながらも、クライアントの論点設定に対して疑いをもち、論点を修正しつつ、解を出していくものです。だから、大学の論文作成とやっていることは非常に近いわけです。必要とされるスキルが近いことも理由の1つとして、彼らは高学歴を採用するわけです。

実際にどうなっているかは別として、修士課程では、自分で自分の課題設定をしないといけないはずですね。その訓練ができているはずだから、修士卒やポスドクなどがやたらとコンサル業界にはいるとも捉えられます。

新卒時の研修は、チーム間競争で、事業戦略を考えるものでした。見事に私のチームは優勝しましたし、私はストーリーをほぼ自分で考えたので、高く評価してもらえると思ったのですが、そうもいきませんでした。パートナーの人間がファクトを扱う能力があり、それが優勝に貢献したという見方だったようです。彼の評価が高く、私の評価は低かったわけです。

私は大学では、サッカーに明け暮れたし、レポートも偏ったものばかり書いていましたが、小説をたくさん書いていました。だから、文章を書くのは早い。そして、ストーリーを構築する能力も訓練はされていたのです。しかし、それを文章にせずに伝える能力が弱かったですね。ミーティングの議論では、どう考えてもおかしな相手のコンテクストに対して、なかなかおかしな点を言えない。まあ、それは今でも気を遣うとそうなると言えばそうなるので、あまり変わっていませんけどね。

それとね、相手が見えていないものが何かはすごくよくわかるのですが、そもそも相手が何が見えていないかを伝えるのは非常に難しいわけです。小説家はそれを伝えるのに1作品を費やしてしまうぐらいですからね。自分が見えていないものに気づかないのは普通のことですし、「ここが見えていないよ」と言われて、現状ではそこを組み上げる部品を持たないのですから、言われても何を言われているのかはわからないものです。

だから、その見えていないものを見せるのに、通常はプロジェクト全体を費やすわけです。100枚以上になるPPTの資料は、相手が見えていないものを見せるための手段なわけです。

よく「1枚にまとめるのがいい!」とおっしゃる方がいますが、1枚で見えていないものを見えるようにする紙があるなら知りたいですね。そんなものは存在しません。背景が完全に共有され、そもそも等式変形的に至る結論が明白な場合にのみ、そのようなことが可能でしょう。いわゆる構文的ロジックのみが必要な場合というやつです。

MECEやらロジックツリーなど、小手先のコンサルティングスキルや、小手先のマーケティングなどが好きな人々は、構文的なロジックしか知りませんし、それで普段は十分ですからね。「論理的ならばわかる」みたいな主張をする人たちです。見えていないものは「論理的に」言ってもわかりません。彼らの「論理的」は間違いなく構文論ですね。

ミンツバーグの言う「認知的に遠い機会」などを認知させるには、どうしても長い時間が必要です。私はそれをクライアントに認知してもらうことで、おカネをもらっている面があるのですね。私のアドバイスは基本的にクライアントが認知できれば大きく変わる可能性があることに基づいて構成されています。

私が教育適性があるのも、上記のロジックを使っているからです。その「相手が気づいていないこと」に気づかせるための勉強をどのようにすればいいかが見えるわけです。だから、教育効果は高い。プロジェクトと同じことをやっているわけです。

そうすると、私はカネを貰わずに他人に会ってはいけないんですよね。私の特性を理解している相手は、自分がいま見えていないことは何か?と考えながら私と話をし、いろいろと勝手につかんでしまう。それを無償でやっていては食べていけないわけです。

デザインや芸術の領域では、文章とは違って、少しの時間でもいいかもしれない。雪舟の水墨画の展示を見終わってからの帰り道、木々の存在感が妙にあって不思議な気分になったというエッセイをどこかで読みましたが、高いレベルのデザインや芸術にはそれを問答無用に伝えるパワーがあるかもしれません。しかし、文章でそれをやるのはとても難しい。

そして、芸術家はそのパワーが何かは自分自身ではよくわかっていないですね。

自閉症傾向の写真家の方がいましたが、その人が撮る世界はほぼ死の世界というか、オブジェしかない世界でした。生命感というか、みずみずしさが全くない写真しか撮れない。「ご飯を美味しそうに撮るのが苦手で・・・」と言っているのを聞いて、苦手というより、生命感のない世界しか撮れないんだから当たり前でしょう?と思いました。本人は自分が自閉症の傾向がある自覚がなかったので言いませんでしたけどね。

しかし、その人の写真は強烈に怖い。生命がすべて剥ぎ取られた写真を撮るものだから、「人間の手」をとってもオブジェに見える。森を撮っても、化け物すら存在できない死の森というか、生命を削ぎ取られた、化学物質でホルマリン漬けにされたような森になる。それはそれで芸術的ですし、見た人は恐ろしさを感じるし、生命と非生命の境目って何だろう?というような問いを投げかけるような作品ですから。

その写真を見ると、世界がやや無機的に見えるわけです。ええ、それがその写真家の方の作品のパワーなわけです。そんな世界に生きている人も怖いですけどね。

さて、こんな自分の特性を初期にわかるわけもなく、それをうまく生かすこともできずに、30歳までこんなことをやっていたら死んでしまうと思い、私は事業会社に移ります。

新卒研修で大した能力がないと思った人が評価されるのにも気が滅入ったからでしょう。「あの程度の能力で評価される世界って何?」と思いました。ストーリー構築能力はあんまりあるわけではないのですが、下っ端のうちはファクトを丁寧に扱う能力が評価されますからね。

しかし、事業会社でもなかなかうまくいかない。上司とはいつもぶつかり、しまいには干されていました。しかしですね、暇そうな私に仕事をくれる人が出てくるわけです。そこで仕事をひたすらにやり続けることで、自分なりの社内でのポジションを確立していくわけですね。ジョブディスクリプションではなく、「伊藤さん」という立ち位置で仕事をやるわけです。そのうち、ご指名で仕事が来るようになっていくわけです。気づけば最年少の部門長でした。

独立は既定路線でした。そもそも独立したかった。自分の好きなようにやって、自分の気が済むようにしたかったのです。そして、事業会社時代に私の近くにいる人が、多分、独立したらみんな離れていくだろうなあという見込みを持って、独立してみました。

案の定、甘い言葉ばかり言っている人々は離れていきましたね。所詮、人は利用しあうものなのだなあと思いました。それでも、私から去らなかった人や、助けてくれた人については、絶対に不義理はしてはいけないと思っています。

事業会社時代には私はものの数十分でいろいろな提案や報告を書いていました。会社のことは考え抜いていたし、事実としての数字はほとんど抑えていたので、楽勝だったわけです。それを知っている元同僚の人たちは、「飯をおごるぐらいでいいじゃん。やってよ」と独立後に言ってきましたが、そういう人たちからは離れないといけませんでした。そんな仕事をやっていては身が持たないし、食べていけません。

そういう人たちを振り切って、駒場の図書館でひたすら本を読んだり、フットサルをしたり、ブログを書いたりして過ごしました。当時の私の体重は77キロ。もはや不健康の塊でしたから。

と、そろそろ東京に到着するようです。いつかこの続きは書いてみようと思います。ご要望があれば、ですけどね。要望はこのアドレス宛にお願いします。全てに返信はできませんが、全て目は通しています。

多分、今日は面白くなかったですね。すいません。次回は「昭和経済史」をやるやる詐欺にせずに書こうと思います。

それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2016.07.22(16:50)|読み物コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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弊社のコンサルティングのポリシーです。

・過去に人類が考えてきたこと(Thought)を蓄積し、そこから鋭い洞察(Insight)を生み出し、その洞察がまた、Thoughtの一部になっていくプロセスを回していくこと。そのプロセスが社会のナレッジ量を増加させ、全ての価値を生み出すことを認識すること

・先人の知恵に対する敬意を払い、学び続けること。ナレッジの自己への入力量が自身の考える能力を向上させ、社会のナレッジ量を増加させることを知ること

・社会のビジネスナレッジの偏在を正すことを目指すこと。そのために社会の構成員であるクライアントに対してビジネスナレッジを提供すること

・ビジネスナレッジの偏在を利用する悪貨たる企業を駆逐する良貨たらんとすること。そのために偏在を利用する企業以上のマーケティング力を持つこと。そして、提供したナレッジに見合った対価をクライアントから頂き収益を上げ、成長していくこと

・社会に対する志を持つ企業、個人をクライアントとすること。例え儲かるとしても、志を持たない企業、個人をクライアントとしないこと

・クライアントの成長を望むこと。具体的な解の提示よりも、その解を出すプロセスをシェアすることにより、クライアント自身がプロセスを組みなおし、異なった解を出す力を増加させることに重きを置くこと

・抽象的な理論のレイヤから、クライアントサイドの具体へと寄っていくこと。ただし、その過程でクライアントにも具体のレイヤから抽象のレイヤに寄ってもらうこと。その上で、中間のレイヤでクライアントと共に新しいナレッジを生み出していくこと
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