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 久々の更新です。放置してごめんなさい。

 最近は熱が下がらないのでイライラしていますが、いろいろイライラすることは尽きないので、なんでイライラするんだろう?と考えてみました。

 そうしたら、学生の頃に、コンサルタントになりたいと思った動機を思い出しました・・・。みなさんにはどうでもいい話かもしれませんが、書いてみます。

 学生の頃は、サッカー部でした。下手でしたけどね。でもね、マネジメントに問題がある組織でしたね。それは私がいた代の前もそうでしたし、あとにもそうでした。

 学年が低いうちは違和感だったし、どうもおかしいな、といつもいつも感じていました。4年生になって、筑波のC1で全員に無視されていたコーチがやってきたことは、何度か書いたと思います。そのコーチと練習メニューの打ち合わせをするとか、本当に最低の時間で、嫌いな人間と毎日一緒にいることのストレスはすごく自覚しましたね。

 そのコーチは自分がやりたいことがやりたいだけの人でして。その上、コーチとして能力的にはきつい。だから筑波では無視されたんでしょう。でもね、東大にいる人は素直なんですよ。良くも悪くもね。

 コーチの言うことをとりあえず聞いてやる適性が高い。筑波のサッカー部に入る人たちは、技術的に相当高いですし、自分なりのサッカー観やコーチ観を既にもっていますからね。そして、コーチもたくさんいる。1人無視したところで、というところでしょう。

 でも、東大ですからね。カネがないからコーチは一人しか雇えない。官僚養成機関みたいな学校ですから、権力者が言うことに従う適性はけっこう高いんですよ。

 コーチが偉そうに自分の試したいことを、選手の適性など無視してやっていく。けが人が出ても気にならない。まあ、人格としては最低でしたわ。

 その時に、バイトにせよ、学校にせよ、いろいろ感じていたことが言語化された感じがしたんですよね。無能な人が命令を出し、弱い人間にしわ寄せが行くなら、その組織は最低だ、と思ったんですね。

 なんとか、現場の従業員も幸せに仕事ができないもんかな?という漠然とした想いでコンサルタントになったわけですが、現場の人がどうとか、そういうことにコンサルティングはあまり興味を持たないことは、入ってからわかりました。

 ただ、儲からなければリストラが待っていますので、儲かる意思決定をちゃんと支援することが結果的には現場にいる弱い人のためになる。それはそう思ってやっていましたね。

 事業会社でも、そういうことを痛い思いをして学ぶ機会に恵まれました。なんせ、メンタルストレスで人がどんどん病気になり、離脱していく職場でしたからね・・・。なんだこれは、と。

 その中で自分はそれなりに生き残り、それなりに出世して、独立するわけです。その時の思いはこのブログの紹介に端的に表れています。

「ビジネスナレッジがより多くの企業に広まり、社会への提供価値が増え、社会が豊かになる。従業員もハッピーに仕事ができる。そんなビジネス社会の到来を夢見るコンサルタントがインサイトを書き連ねます。」ですね。

 これは甘っちょろいですが、現場の弱い人間を傷つけるのは最低だという想いから書いているわけです。

 最近ね、何でかわからないけど、なんでこんなに怒りを感じるんだろう?と思うことがけっこうあって。自分の中では理詰めで考えることでもなかったので、自分がなぜイライラするのか?過敏に反応するのか?といったことをさほど考えずにいました。

 でもね、さっき思ったんですよね。「現場に下らない命令を出して、収益性が上がるわけでもないのに、関係した人間を傷つけるような意思決定を許さない」というのは、私が社会に関わる時のモチベーションなんですよね。

 そういう状況を少しでも減らしたいから仕事をしているわけです。外部の人間であれば、メンツがどうとか気にせずに、一回決めちゃったこととか、覆すこともできますからね。

 ここを刺激されると、私は引けないわけです。なんで、この程度のことに、こんなにお金や時間を使っているんだろうと冷静に考えてみて、ようやくわかりました。

 どんな手段を使っても、間違ったことをした人間が痛みを感じて、もう二度とそういうことをしないように。なかったことにして忘れようとする連中に、痛みを刻んで、二度とそういうことをしないように、と思うのでしょうね。

 弱い人間を傷つける意思決定は最低だし、殲滅すべき。と私が心の底から思っている。

 そこが動機なんだなあ、と自分で思いました。

 それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。
2017.03.31(08:22)|ポエムコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 あけましておめでとうございます。2017年もよろしくお願いいたします。

 というか、プロジェクトやるはずじゃなかったのにやってるので、おかしくなりそうな感じです。本当は12月は全部休みのはずだったんですが、12月前半のみ休みになり、なぜかそこに上乗せでプロジェクトが入り、年末年始もちんまり仕事をしています。

 ただ、ミーティングの次の日は稼働できないので、映画を見ました。言い訳がましいですが、「映画ぐらい見せてよ!!!」ということで、映画を見ました。ええ、プロジェクトは時間的にぎりぎりですが映画を見ました。ごめんなさい。

 最近は、映画館のカフェにいることが多いのですが、カフェにいるわりにあまりに映画を見ていないので、イライラして見てしまいました。「ぼくは明日、昨日の君とデートする」です。

 ネタバレ注意ですが、なるべくばれないように書きます。

 基本的に、テクニカルに、ワンアイデア突破型と言いますか、そういう映画なので深みはないんですが、私の印象に残ったのはbacknumberさんの「ハッピーエンド」です。

 なんでかと言いますと、ダウンロードして聞いてる分には、ただの別れの歌で、まだ好きな男に、女の子が振られる歌なんですよ。ええ。ただの別れの歌です。

 でもね、映画を見た後だと、ただの別れの歌に聞こえないんですよ。

 うお、そういうことか!ということが普段「ハッピーエンド」を聞いている人としては、驚いたわけです。

 なぜなのかは映画を見てみましょう。backnumberさんが好きで、片思いが好きで、振られる感じにひたるのが好きな人にはお勧めです。振られるのではなく別れる。振られる歌じゃなくて、宿命的に別れる歌なんだ!と思える。

 テクニカルなストーリーは私は基本的には好きではありません。でも、これはちょっと面白いな、と。主題歌の聞こえ方が変わるのが面白いな、と。

 それでね、一人で見た!とか非モテアピールはやめることにしたんで、一応書いておくと、女子から映画に誘われたり、食事に誘われたりはよくあります。なんでかは知りません。でも、去年はそういうことがたくさんありました。

 非モテをアピールし過ぎたのかもしれないと反省して、そこまでの非モテではない!と書いておきます。でも、好きな相手には相手にされていないのでやっぱり非モテかもしれません。

 なぜ、非モテキャラを作ったかと言えば、大学で男の子が寄ってこないからです。非モテ自虐ネタをひたすら言っていると、男の子が警戒しなくなって、寄ってくるようになる。そういう意味での非モテキャラでしたね。でももう、大学にはいないし、教え子どもはもう十分に大人ですので、書いておこうかな、と。

 休みがない。8月までない!絶対に8月は休みたいな、と。休みが取れても、どうせ、どっかのホテルでずっと寝てると思いますけどね・・・。

 メルマガ、書けてません。Twitterでキモイことをつぶやいてばかりです。ごめんなさい。でも、頑張ります。生きてます。

 後輩の訃報を聞いて、吐きそうになって、しばらく固まりました。言葉にすると軽くなってしまう。でも、自分は生きるしかない。まだ死ねない。そう思いました。自分はまだまだやりたいことをやろう、と。

 アドバイザーとして、コンサルタントとして生きていく。その覚悟はとうに固めていますが、欲しいもの、やりたいこと、大切にしたい人々、自分の意思で選び取りながら、精一杯生きていければいいと思っています。

 2017年も痛々しい私でございますが、キモイ私でございますが、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。素晴らしきインサイトには賞賛を。地道な積み重ねに敬意を。全ての人に優しさを。私のインサイトが素晴らしいと思ったら遠慮なくお褒め下さい。

 それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。

 
2017.01.02(22:49)|ポエムコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
「ブログに俺はもてるんだ!」って書いてましたねと言われたのですが、「へ?そんなこと書いたっけ?」と思いつつ、ああ、非モテ話ね、と思いました。あれをどう読めば俺はモテるんだ!と読めるのかがよくわかりません・・・。そんなに己惚れていませんよ・・・。

さて、今日はフェラーリに乗った外科医のお話しです。最近、思い出して、ああ、同じこと言うようになってるなあ、と思ったので・・・。

自分の思い出話なので、全く役に立たないと思いますので、興味のない方はスルーでお願いいたします。

今でも私は人間ができてないとよく思うのですが、昔は人間が腐っていたなあと振り返るたびに思います。

大学を卒業するぐらいのころ、幸いにも彼女はいたのですが、その彼女はモテました。私は非モテなのですが、彼女はもうとにかくモテるモテる。駅では必ずナンパされるわけです。「それは軽く見られているんでは?」とも思いましたが、まあ、モテましたね・・・。

最近、駅で待ち合わせをした綺麗な女性も、「新宿駅についたらすぐに2人にナンパされた」とおっしゃっていたので、モテる女性は声をかけられるものなのでしょう・・・。

それでね、私は当時、全く自信がなかったんですね。今でも自信があるかと言われれば微妙ですが、自分の本業についてはそれなりに自信があります。ただ、それが驕りになってしまわないようにというのは常に常に思っているわけですけどね。

ただ、当時の自分は、全てを見下していたわりに、自分には自信がなく、とにかくひどい人間でしたね。彼女の携帯には、知り合った男から電話がくるんですわ、これが・・・。当時、ぶいぶい言わせていた学生ベンチャーの社長がジャガーに乗っていて、彼女との間では「ジャガーさん」という名前になっていましたが、よく電話してくるんですわ。

私がいるとガチャ切りするんですけどね。というか、私が代わりに切る。というか、罵声を浴びせて切る・・・。しかしまあ、よくもこんなにいろんな人がいるもんだと思うぐらい、世の中には肩書きの素敵な連中がいて、そいつらはいつもいつも女子を口説いている。その現実を彼女の横にいて思い知らされました。

当時、西武線の中井に住んでいて、彼女とはほぼ一緒に住んでいた状態でしたが、ケンカがたえず、彼女の電話を何個か叩き折りましたね・・・。男からの電話がとにかくかかりまくってきて、私が怒り狂うというパターンの繰り返しでした。

おまけに、彼女は千葉だか埼玉だかの医師会の有力な方の娘さんで、お見合いがてらに、大学病院の医師とのお食事会が定期的に開催される。医師なんて引く手あまたですから、独身貴族みたいな連中がたくさんいて、たいてい外車に乗っていました・・・。親がカネがある人が医師になるというのもあったのでしょうね。そういう連中とのお食事会に彼女は引っ張り出される。そして、名刺をもらって帰ってくる。

「この人は、○○ですごい実績のある人で、この人は○○で・・・」というような話をいつも彼女はしていました。そういう話をされるたび、自分が無価値であるという感覚を刺激されました。俺にはまだ何の実績もない、と。

また、東大であれば、国家公務員試験の1種で一桁合格とか、司法試験在学中合格とか、公認会計士在学中合格とか、とにかくそういう連中が彼女の周りにはいる。私はシェイクスピアを読んだり、映画を批評していましたが、そんな確固たるものはない。イラつきましたね。そして、彼女は聞いてくる。「伊藤さんはどうするの?」と。

私はノープランでした。社会についてはわからず、とりあえずコンサルティングという仕事をすることはわかっていましたが、どうなるかもわからない。自分の能力だけは信じていましたが、それがどう信じられるのかもよくわからなかったですね。

夜中に電話がかかってくる。新宿にいるから迎えに来て、とか。船橋で電車がなくなった、とか。私が迎えに行く。すると、彼女をナンパする男がいたりする。そういう連中を追っ払って一緒に帰る。そんな暮らしを大学最後の年はしていました。

ある時、例によって彼女に呼び出されて高田馬場に行ってみると、彼女はフェラーリにのっていました。運転席にはいかにもカネがありそうな男が座っていました。あとから外科医だと聞かされました。

「伊藤さん、ちょっと聞いてほしいの・・・。」と彼女は言いました。私はイライラしました。彼女によってくる男がいるという現実が私をイラつかせましたね。だから、その外科医の言葉はまじめには聞きませんでした。でもね、その男はとにかく興奮した様子で私に言いました。

「お前の女なんだろ。しっかりつかまえておけよ。お前がしっかりしてないから彼女が不安に思うんだよ。だから、ほかの男に相談したりするんだよ。お前がしっかりしてないんだよ。」

いきなり本題で、しかも、当時の私は全くそう思っていなかったのでね、適当に話を聞いていました。彼はあきれて「もう帰るわ」と言って彼女に軽く挨拶をすると、車に乗り込みました。乗り込みがてら、彼は言いました。

「いいか、人間にはなあ、熱い熱い血が流れてて、助けてくれって言われれば、助けたいと思うし、助けるんだ。お前にはそれがわからんのか?」

彼の言葉は当時の私にはまったく届かず、こういったことを言われたことすら忘れていました。しかし、先日、不意に思い出したんですね。「今の俺が言っていることと、全く同じことを言っている」と気が付きました。そして、私がしっかりしていなかったから、彼女は苦しんでいたんだし、彼女は本当に私のことが好きだったということもすごくよくわかりました・・・。

そして、ひどいことですが、私は彼女をアクセサリーぐらいにしか考えていなかったし、全く大事にしていなかったことにも気が付きました・・・。

私はアスペルガー気味ですので、わからないことはたくさんあり、社会人になってから、いろいろな方にご迷惑をかけ、大きく苦しみながら、普通のことがわかるようになってきました。その過程を経て、あの当時を思い出すと、本当にどうしようもない人間だったし、ひどいことをしてきたんだと思いました。

今、世の中を舐めてるなあ、と思う連中にはよく言います。「お前さあ、人を助けたいとか、思ったりしないのか?俺はお前が困っていたら助けたいと思うぞ。お前はどう思う?誰かを助けてあげたいとか、なんとかしたいとか、思うことないのか?」と。

言わんとすることは、フェラーリに乗った外科医と同じですね。ただ、当時の私は受け取れなかったし、彼のおかげで受け取れるようになるのが早まったということもないでしょう。ただ、単純に思い出した、というだけのお話しです。

この当時を思い出すと、呆れるような若い人の言動も、許せる感じがします。俺もひどかったからなあ、と。本当にひどかった。ひどかったことがわかっただけよかったとは思いますが、本当に、ひどいひどい人間だったなあと思っております。

今日は学びがないですね。ごめんなさい。次回はもうちょっとちゃんとした内容になると思います。
それでは、次回をお楽しみに。
2016.09.08(20:15)|ポエムコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
今日もメルマガの転載企画です。すいません。

今日の内容は筆休め的ですが、情けない私のお話しから難解な認知的に遠い機会のイメージを掴んでいただければと思います。
ブログでお読みの方は、ぜひ、メールマガジンのご登録をいただければと思います。

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おはようございます。伊藤です。

月日が経つのは早いもので、来週はもう勉強会です。
あと1人ぐらい来ないかなと思っています。
http://taii.jp/2016strategy_landing.html

さて、今日は本当は戦後経済史の3回目をやろうと思っていましたが、
久しぶりにインテンション認知能力や「認知的に遠い機会」について書こうと思います。

なぜでしょう?

なぜなら、自分の過去を振り返っていたら、自分のインテンション認知がメタメタだったからですね。驚きました。

インテンションとは意図のことであって、言葉通りではない意図を認知する能力を人間は備えています。その能力をインテンション認知能力と呼びます。この能力がビジネスにおいても非常に重要だと言う主張はこのメルマガでも繰り返し書いてきました。

前に書いたことがありますが、大学1年生の頃、私は好きな女の子が「読みたい」と言ってくれるのがうれしくて、小説を書き始め、今の文章のスタイルを手に入れました。10万文字を越える文章を書く経験ができました。

しかし、普通に考えて、私のつまらない小説を普通の女子大生が読みたいわけがないのです・・・。彼女のインテンションとしても、「私に会いたい」だったと捉えるのが普通で、私の小説を書くインテンションも「彼女に会いたい」だったわけです。

これで付き合わないのがすごいですね・・・。私のインテンション認知能力の欠如です。

そして、また大学4年生の春、すごく好きになった女の子がいました。家庭教師先で、教え子に「こんな女の子がいてさー」としゃべって、うざがられていました。

その好きな女の子は、東急線沿線で独り暮らしをしていて、たまにお姉ちゃんが来る、TSUTAYAの旧作を全部見ることを目指すような女の子でした。

ある日、「今日、お姉ちゃんいないから、お昼食べにくる?」と私は言われました。「えーっと。今日は部活あるから。さぼれないからねー。」と普通に答えてしまいました。

そして、その女の子は他の男に取られてしまいました・・・。

なんというインテンション認知能力。これを言うには、女の子はけっこう勇気がいると思うんですよね。多分、普通に答えている私を見て、女の子は腹が立ったことでしょう。「そういうことじゃねーだろ!」と。

また、就職した頃ですが、ある年上の女性を好きになりました。

名古屋に行ったので、お土産を買っていきました。私が24歳で、彼女が30歳ぐらいだったでしょうか。

「え、お土産を買ってきてくれたの?ありがとう。じゃあさ、伊藤君、伊藤君が好きな小説とか貸してよ」と言われました。

普通に小説を貸して、何も起こりませんでした。

なんというインテンション認知能力。この流れで小説貸して終わりますかね?彼女としては、もう少し仲良くなろうよ、というメッセージを発したつもりだったでしょうに、私は気が付きませんでした。

前にも書きましたが、最近も似たようなことがありました。

金融商品の営業をやっている女の子がいて、
「お魚が食べたいです」と言ってきたので、ああ、きっと営業が大変なんだろうなという
インテンションを私は読み取り、数百万だったら買ってもいいかなと思いました。

しかし、彼女はご飯を食べながらも、全く営業をしませんでした。
おかしいなあ、と私は思いました。

それで、彼女が美味しそうにご飯を食べるし、もっとお酒が飲みたいというので、3軒ぐらい連れていきました。

すると、「もう終電ないんですよねー。明日、朝早いんですけど」と言いました。

私はこれは大変だと思い、
「タクシー代出すよ」と言いました。

しかし、彼女は、「いや、申し訳ないですよ。先生の家とか泊めてくれませんか?」というので、「ベッドは1つしかないからさ。俺が普段仕事で使ってるホテルをとるよ」と言うと、「えー、いいですよ。私、床で寝ますから。何もしないですから。」と言われました。

以下、書けませんが、これと同様のやりとりが延々と続きました。

気が付いたのは、朝、駅の改札に彼女を送っていった後でした・・・。

すごいインテンション認知能力ですね・・・。「自分に女の子が関心があるかもしれない」とか、そういうインテンション認知が完全に抜け落ちているわけです。

今まで、片思いで好きな人に好かれたことなどないと思っていた数々の女の子とのやりとりを思い出すと、「自分でつぶしていた」という結論に至りました・・・。

いやー、おそるべき抜け落ち方ですね。恋愛は私にとって、「認知的に遠い機会」なわけです。

これまで認知的に遠い機会がわからないというご質問がたくさんありましたが、これでわかりますよね。私にとっての恋愛だと思えばいいのです!

これと似たようなことがビジネスで起こり得ると思うと恐ろしくないですか?だから、自分たちの価値観だけで固まっているのは怖いんです。「自分を好きになる人がいるわけがない」という固定観念があると、その認知が妨げられるのです。

それでは今日はこのあたりで。
勉強会、あと1人くるといいなと思っています。来週です。
http://taii.jp/2016strategy_landing.html

次回は必ず戦後経済史の3回目を書きますので、お楽しみに。
2016.08.20(20:31)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
おはようございます。伊藤です。外ではセミの声が鳴り響いています。夏まっただなかですね・・・。お盆ですが、仕事は粛々とやっていきます。ええ、頑張ります。

勉強会もちゃんとやりますよ。あと1人ぐらい来るといいと思っています。
http://taii.jp/2016strategy_landing.html

最近、ようやく文章の生産力が戻ってきて、一日5000文字ぐらい書けるような感じになってきました。貴重な数千字をこのブログに使っていいのか?というのはあるわけですが、まあ、仕方がないでしょう。「自分を見つめ直す」ことはここしばらくの私のテーマですからね。

「自分」という最も見たくないものを直視して、1つ1つ解きほぐしていく。ソマティックマーカー仮説をベースとして、ホムンクルスの裏側に自分のメモリーが情報的には格納されているイメージで、身体と経験をつなげていく。それをメタから眺めて、成立する全体性を観察する。途方もない作業ですが、自分の能力を安定的に発揮していくために必要だと思います。

だから、今日は私のことを書きます。あまり学びにならないと思うので、興味のない方はスキップしてください。

私の特徴の1つに、イメージを使うというのがあります。フラッシュバックのようにイメージが次々と湧いてくる状態を作れると、大体、そのプロジェクトはブレイクスルーできます。普段からそういう状態にはなることもあるんですけどね。普段はなるべくそういうスイッチは切って生きています。でも、心が揺り動かされるとそういうスイッチが入り始める。それはとても大変なことです。

日常では、自分の心がどちらの方向に揺り動かされるか?がけっこう大事ですね。乱暴な方向に揺り動かされるのか、優しい方向に揺り動かされるのか。生きていて、楽かしんどいかということに近い感覚です。

それでね、こういう状態で現場に入っていくと、次々とイメージが浮かんでくる。違和感があるポイントが浮き上がってくる。当然、使えるイメージとそうでないものがあるので、取捨選択します。取捨選択の基準はデータであったり、インタビューで現場の人から聞いたことであったりします。

整合がちゃんととれるイメージを選択して、今後の情報取得の方向性を決めて、更に深く調べていくと、正しそうなイメージのつながりなのか、そうでないのかが見えてきます。

イメージがただ浮かんでいるだけだと占い師なのでしょう。事実をしっかりつかんで言えれば、コンサルタントなわけです。これまでのところ、「当てて」きているので、私は生き残っています。

同じようなことなのかはわかりませんが、過去にそういう話は聞いたことがあります。

予備校では世界史の授業が楽しみだったのですが、その先生が言っていたお話ですごく印象に残っているお話があります。当時、学生ラグビーは早稲田の全盛期で、早稲田に伝説的キッカーがいました。彼が後ろに一歩一歩さがると、観客が「1,2,3,4,5」とコールする。キックは得点になる。そういう姿が印象的な選手でした。

その彼は、けっこうかっこよかったので女性ファンが多かったわけですが、世界史の先生の教え子が会いたいと言って実際に会ったそうです。その時に、その選手は不思議なことを言いました。「君の部屋には、こういう机があって、こういう椅子で、こういうぬいぐるみで、こういうベッドで・・・」と部屋を言い当てていくのです。

その女の子は「きっと、自分を驚かせようとして友達が仕込んだんだ」と思い、誰も知らないことを言います。「世界史の先生ってどんな人ですか?」と。

すると、彼は突然、「いてててて、お腹がすごく痛い、痛い」と言ったそうです。その時、世界史の先生は胃潰瘍で入院していたそうです・・・。彼はその後、サントリーに入社し、オーストラリアでラグビーを頑張っていたはずですが、他のラグビー選手によると「オーストラリアで絶対遊んでたよ。下手になってる」と評される感じで、選手としては芳しくなく引退していきました。

それで、私は大学時代、人生経験だと思って歌舞伎町でアルバイトをしていました。お客さんのオーダーした大ジョッキを飲み干すようなお仕事でした・・・。その店に、たまたま彼がやってきたんですね。で、私は思い切って聞いてみました。「そういうの、わかるんですか?」と。

「わかるよ。もう絶対やらないけどね。」彼はそれ以降、その話には答えてくれませんでした。私にはすごく印象的な体験です。

今、自分に降りかかるイメージのようなものが、彼と同じかどうかは確かめようがありません。ただ、心が動かされると、イメージは無秩序に湧き、事実があれば現実との整合を取れるということは確かです。私には、女の子の部屋のイメージは湧かないですけどね。もうちょっと別のイメージが湧く。

それでね、とあるコンサル雑誌で世界TOP100に入ったような方がいらっしゃいます。昔、ちょっとお世話になったんですけどね。その方も似たようなことを言っていました。コンビニにインタビューに行くと、バックヤードからよどんだ感じを受ける。バックヤードを調べてみると、イメージが湧いてきて、ブレイクスルーが得られる。もうこの仕事はもらった、と。

彼はコンサルタントとして、オールオアナッシングな感じのロジックをいう、とても冷たいタイプの人だったのですが、そういう不思議なことをよく言っていました。そのあたりのアプローチが私と似ていたので、妙に気が合った面があります。

ただ、「こういうことはパブリックに言うとオカルト扱いされてしまうから、言えないし、絶対言うなよ」と口止めされていました。まあ、もう時効でしょうから、書いてしまいます。ええ、もはやだいぶ前の話ですからね。

どうも、ある種のコンサルタントは、こういうイメージ的なものを使っていて、それを隠している。で、その能力に近しいものが自分にもあるかもしれない。

と、思っています。

この能力の起源だとか、そういうものは何か?についても、自分を見つめる過程でだいぶわかってきました。が、それは書きません。だいぶ込み入っていますし、ちょっと恥ずかしいですからね。

メルマガでは戦後経済史(その3)をちゃんと書きます。タイのレポートも書いています。執筆もしています。勉強会もやります。あと1人ぐらい来るといいと思っています。
http://taii.jp/2016strategy_landing.html

スケジュールがかつかつですが、頑張ります。
それでは、今日はこのあたりで。次回はちゃんと役に立つことを書きますね。
次回をお楽しみに。
2016.08.13(07:44)|シンキングメソッドコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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経営理念
弊社のコンサルティングのポリシーです。

・過去に人類が考えてきたこと(Thought)を蓄積し、そこから鋭い洞察(Insight)を生み出し、その洞察がまた、Thoughtの一部になっていくプロセスを回していくこと。そのプロセスが社会のナレッジ量を増加させ、全ての価値を生み出すことを認識すること

・先人の知恵に対する敬意を払い、学び続けること。ナレッジの自己への入力量が自身の考える能力を向上させ、社会のナレッジ量を増加させることを知ること

・社会のビジネスナレッジの偏在を正すことを目指すこと。そのために社会の構成員であるクライアントに対してビジネスナレッジを提供すること

・ビジネスナレッジの偏在を利用する悪貨たる企業を駆逐する良貨たらんとすること。そのために偏在を利用する企業以上のマーケティング力を持つこと。そして、提供したナレッジに見合った対価をクライアントから頂き収益を上げ、成長していくこと

・社会に対する志を持つ企業、個人をクライアントとすること。例え儲かるとしても、志を持たない企業、個人をクライアントとしないこと

・クライアントの成長を望むこと。具体的な解の提示よりも、その解を出すプロセスをシェアすることにより、クライアント自身がプロセスを組みなおし、異なった解を出す力を増加させることに重きを置くこと

・抽象的な理論のレイヤから、クライアントサイドの具体へと寄っていくこと。ただし、その過程でクライアントにも具体のレイヤから抽象のレイヤに寄ってもらうこと。その上で、中間のレイヤでクライアントと共に新しいナレッジを生み出していくこと
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